轟亭の小人閑居日記 　　　馬場紘二

　『ラ・ラ・ランド』を観た。　昔懐かしいミュージカル映画と、聞いたから だ。　以前『ニューシネマ・パラダイス』を観て、「等々力短信」に「くらがり 育ち」という一文を草したことがある。　1950年代（昭和25年から昭和34 年）映画の黄金時代に、『ニューシネマ・パラダイス』のトト少年と同じように 無数の映画を観た。　そのジャンルの一つが、ミュージカル映画だった。

　『ラ・ラ・ランド』が始まると、画面が横に広がり、「シネマスコープ」と懐 かしい文字が出る。　この映画は2.52対1で撮影されたという（通常のシネ スコは2.40対1）。　シネマスコープの第一作『聖衣』を有楽座で観て目を瞠 ったのは、1953（昭和28）年の暮だったと思う。

『ラ・ラ・ランド』の終盤、ミア（エマ・ストーン、アカデミー賞主演女優 賞）とセブ＝セバスチャン（ライアン・ゴズリング）の、こうあったかも知れ ない「夢の人生」が描かれる。　書き割りを背景に歌い踊るこのシーン、どこ かで見た憶えがあった。　1952（昭和27）年に観たジーン・ケリーとレスリ ー・キャロンの『巴里のアメリカ人』と、1953（昭和28）年に観たジーン・ ケリーとデビー・レイノルズ（昨年暮、娘のキャリー・フィッシャーの死の翌 日の28日に84歳で亡くなった）の『雨に唄えば』である。

　『ラ・ラ・ランド』でアカデミー賞監督賞に輝いたデイミアン・チャゼル監 督は、2009年にハーヴァード大学の卒業制作にモノクロのミュージカル映画を 撮ったのだそうで、1985（昭和60）年1月生れ、32歳という若さだ。　アカ デミー賞作曲賞のジャスティン・ハーウィッツはハーヴァード大学の学友で、こ の映画のあらすじを卒業制作より前から二人で作り始めていたという。　映画 と音楽を愛し、過去の名作に尊敬の念を持つ二人の若者が、いずれはテクニカ ラーでミュージカル映画を撮りたいと抱いていた夢が、ここに現実のものとな り、本年度のアカデミー賞の６部門をかっさらった。　まさにアメリカンドリ ームの実現である。

　渋滞するロサンゼルスの高速道路上の強烈な音楽とダンスで始まる『ラ・ラ・ ランド』は、ミアとセブのいろいろなデート場所から、ロスの名所案内のよう でもある。　「ラ・ラ・ランド」とは「夢の国」、「夢心地」、ロサンゼルス、主 にハリウッド地域の愛称なのだそうだ。　アカデミー賞主題歌賞“City of Stars”は、“City of Stars.　Are you shining just for me?”で始まる。　グリ フィス公園内のマウント・ハリウッド・ドライブで、ロスの夜景をバックに踊 るシーンや、グリフィス天文台のプラネタリウムで星空へ舞い上がる場面は、 とりわけ印象的だ。　撮影のリヌス・サンドグレンは、アカデミー賞撮影賞を、 美術のデヴィット・ワスコと、セット美術のサンディ・レイノルズ・ワスコはアカデミー賞美術賞を獲得した。

　ネヴァダ州ボールダーシティ出身のミアは、女優になる夢を叶えようと、大 学を中退して、ロスに出て来て5年、映画スタジオのコーヒーショップでアル バイトをしながら、プリウスに乗り、オーディションを受ける日々だが、落ち まくる。　売れないピアニストのセブは、高速道路上のビュイック・リビエラ・ コンバーチブルでセロニアス・モンクの“Japanese Folk Song”滝廉太郎『荒 城の月』を聴き、今は人気の落ちたフリージャズをこよなく愛し、自分の店を 持って好きな曲を好きなだけ演奏することが夢だ。　偶然に何度か出会った二 人は、お互いの夢を語り合って、惹かれ合うようになる。

　チャゼル監督はインタビューに、「人は人生において、自分をなりたい人物に なれる道筋を作ってくれる人と出会えるけれど、最終的にはその道をひとりで 歩まなければならないということだ。人は、残りの人生を決定づける人と結び つくことはできるが、その結びつきは残りの人生までは続かない。そのことは、 ものすごく美しくて、切なくて、驚くべきことだと僕は気づいたんだ。この映 画ではそのことを描きたかった。」と答えている。

チャゼル監督がエピローグで投じた陰翳は、この映画を一層味わい深いもの にした。　『ラ・ラ・ランド』を観た私の感想は一言、「男が可哀想」。