トクヴィルと福沢の見たアメリカ2017/03/30 06:25

 15年前の2002(平成14)年5月18日、福沢諭吉協会の総会が、日本橋の 三井本館に間借り中の交詢社であり、阿川尚之さん(当時は慶應義塾大学総合 政策学部教授)の「トクヴィルの見たアメリカ、福沢諭吉の見たアメリカ」と いう記念講演を聴いた。 その講演と、阿川尚之さんの『トクヴィルとアメリ カへ』(新潮社・1997年)から、まだブログにする前の<小人閑居日記>に、5 月26日「トクヴィルと福沢諭吉」、27日「トクヴィルの見たアメリカ」、28日 「自治のアメリカ、群れるアメリカ」、29日「握手、対等なアメリカ」、30日 「『トクヴィルとアメリカへ』の雑学」を書いた。 現在関心を呼んでいるアメ リカ合衆国やその民主主義について、大切なことが含まれているので、再録し ておきたい。

   トクヴィルと福沢諭吉<小人閑居日記 2002.5.26.>

 「また別に書く」と書いた阿川尚之さん(慶應義塾大学総合政策学部教授・ 作家阿川弘之氏の長男)の「トクヴィルの見たアメリカ、福沢諭吉の見たアメ リカ」という5月18日の講演は、なかなか歯切れがよくて面白く、勉強にな った。 阿川さんは、慶應を二度中退しているという。 法学部3年の時、ジ ョージタウン大に留学して一回、ソニー勤務の折か、友達の結婚式の司会をし たら列席していた法学部の教授に「もったいない」といわれたので通信教育で 卒業しようとしたが、またアメリカのロースクールへ行くことになったので二 回。 1951年生れで、ニューヨーク州およびワシントンDCの弁護士資格 を持ち、アメリカの法律事務所勤務、ヴァージニア大学ロースクール客員教授 などを経て、二度中退した大学の教授になった。

アレクシ・ド・トクヴィル(1805-1859)は、フランス・ノルマン ディーの貴族出身の法律家で、革命に揺れ王制から共和制へ向う時代の激しい 流れの中、1831年、26歳の時、親友で同僚のギュスターヴ・ド・ボーモ ンと二人、新生の民主主義実験国アメリカに渡り、10か月間、当時はミシシ ッピーの東側24州だったアメリカ合衆国の各地を、当時すでに発達していた 蒸気船網などを使って、精力的に見て回り、フレンドリーでよくしゃべる沢山 の人々に会い、克明なノートや日記、たくさんの手紙を書いた。 その体験を もとに深い考察と思索によって著された『アメリカにおける民主主義』(183 5年)は、160年以上経った今日でも、アメリカ合衆国や民主主義研究の必 須の書で、さまざまの身近な場面で引用されている。

 福沢諭吉(1835-1901)は、トクヴィルの約30年後の1860年 (25歳)と、1867年(32歳)の二回アメリカへ渡航している。 トク ヴィルの『アメリカにおける民主主義』は、英訳本やその小幡篤次郎訳で読み、 『分権論』(明治10年・1878年)に、その影響が最も顕著に現れている。

   トクヴィルの見たアメリカ<小人閑居日記 2002.5.27.>

 阿川尚之さんは、講演で語った「トクヴィルの見たアメリカ」の部分を、ご 自身のアメリカ体験と重ねながら、『トクヴィルとアメリカへ』(新潮社・19 97年)という本に詳しく書いている。 「トクヴィルの見たアメリカ」は、 百数十年後の阿川さんの見たアメリカと、変らないものが沢山あった。 その 各章の題名は「海を渡るトクヴィル」に始まり、「忙しいアメリカ」「しゃべる アメリカ」「気取らぬアメリカ」「森のなかのアメリカ」「うるわしのカナダ」「自 治のアメリカ」「群れるアメリカ」「寒いアメリカ」「差別されるアメリカ」「南 部のアメリカ」「さらばアメリカ」となっている。  「アメリカ合衆国に滞在 中、新奇なことは多々あったが、諸階層の平等ほど私の注意を引いたものはな い」というトクヴィルは、その原因を土地がいっぱいあること(プレンティー) に見た。 代々の富はない。 地代は安く、小作人はいないから、土地を沢山 持っていても富とならない。 自分で耕すしかない。 結局財産は商業活動、 自己の才覚と勤勉による。(南部には例外があるが…) 土地の豊富さは、機会 の豊富さにつながる。 アメリカ人の豊かさが、この国で民主主義が可能とな る大きな要素であることを、認識したのだ。

 元合衆国駐メキシコ大使でメキシコから持ち帰った花ポインセチアにその名 を残したポインセット氏は、二人に話す。 アメリカ人は永くひとつ所にとど まることを嫌い、人間の精神発達について、すべての事柄が進歩するという信 仰を持っている。 アメリカ人は、成功し金儲けするのに、最も適した気質を 有している。 子供の時から自給自足で、あらゆることに手を染めるのに慣れ、 教養があるうえに、誕生したばかりの社会にいて、まだ未発達な各産業分野で は、いくらでも成功のチャンスがある。 「やってみよう」という言葉ほど、 (ポジティブなアングロ(英系))アメリカ人の気質をよく表しているものはな い、と。 トクヴィルはフランス語で「モレイズ」にあたる、その「気力」「独 立の心」が、アメリカ民主主義を可能にするものだとし、福沢諭吉が日本に足 りないもの(今日もなお)だと考えた、そのものであった。 (つづく)