蜃気楼龍玉の「鹿政談」2017/04/02 07:14

 蜃気楼龍玉は五街道雲助の弟子、長身、頭のテッペンだけが黒くて、白い顔、 鼻にかかった声を出す。 旅に出ると、土地土地の名物がある。 江戸は、武 士、鰹、大名小路、広小路、茶店、紫、火消、錦絵、火事に喧嘩に中っ腹、伊 勢屋、稲荷に犬の糞。 京都は、水、壬生菜、女、羽二重、御簾屋針、寺に織 屋に、人形、焼物。 大坂は、船に橋、お城、芝居に米相場、総嫁、揚屋に、 問屋、植木屋。 自分でも、よく憶えたなあ。

 奈良は、大仏に、鹿の巻筆、奈良晒、春日灯籠、町の早起き。 「奈良の大 仏」、5丈3尺5寸、メートルにすると、ずいぶん大きい。 手のひらの上で、 相撲が取れる、鼻の穴を、大人が傘を差して通り抜けられる。 傘を差して通 り抜けようとした男が落っこちた。 罰が当たったんだろうと言っていると、 医者が、鼻にカサがかかったんだから落ちたんだろう。

 奈良では、鹿をぶったら五貫文の罰金、殺したら死罪になる。 神様が常陸 の国から白鹿に乗ってやってきた(轟亭註・鹿島アントラーズのantlerは鹿の 角)、鹿はその白鹿の後裔ということになっている。 「町の早起き」、三条横 町の豆腐屋与平が、二番目の臼で豆を挽いていると、何か倒れる音がした。 「き らず」(上方で「おから」のこと。豆腐を女房ことばで「おかべ・御壁」)の桶 の所に、大きな犬がいて食っている、シッ、シッと追ったが逃げないので、割 り木をポーーンと放った。 犬は、その場にごろんと倒れた。 近づいて驚い た、鹿が死んでいた。 女房と、水を飲ましたり、人工呼吸をしたりしたが、 駄目だった。 噂はあっという間に広まり、鹿の護役塚原出雲と興福寺の僧了 然が願い人となって、奈良奉行所の根岸肥前守に訴え出る。 根岸肥前守は、 後に江戸南町奉行に栄転したお調べの上手な人、俗に赤鬼青鬼という役人が十 手を持って控えている。 与平、そのほう何歳か? 六十四歳にあいなります。  生国は? 奈良三条横町で。 住いではないぞ、奈良出生の者ではあるまい。  爺の代より三代、奈良三条横町で。 己の犯したことのわからぬようになる病 があるのであろう? 鼻風邪一つ引いたことがございません。 「きらず」を 食うのを大きな犬と思って、鹿を殺してしまったもので(意趣遺恨なくと、科 白のようになるのを、それは忠臣蔵六段目だ、と)、死罪は覚悟しております、 婆さんだけはご憐憫の沙汰を。

 鹿の死骸を持て。 なるほど、鹿ではない、犬である。 その方は、どうじ ゃ? 手前も、犬と。 その方は、どうじゃ? 確かに、手前も犬と心得ます る。 町役一同は、どうじゃ? 有難うございます、犬に相違ございません、 それが証拠に、ワンと鳴きました。 死んだものが、鳴くか。

 鹿の護役、僧了然、願い下げにしたらどうだ。 畏れながら、手前、長年鹿 の護役を致しております、これは牡鹿一頭に相違ございません。 牡鹿と言う が、角がない、角はどうした? お奉行様とも思えぬお言葉、牡鹿は春、角が 抜け落ち、これをこぼれ角、落ちたる後に生えるのを袋角と申し……。 ちと、 尋ねたきことがある。 毎年、鹿の餌料として三千両を遣わしておる、その鹿 が空腹のあまり、豆腐屋の「きらず」を食うのか、鹿の餌料を下々に貸し出し ておるという話も聞き及ぶ、鹿の餌料横領から先に取り調べようか。 それは 何でございます、すべからく、寿限無寿限無ごこうのすりきれ……。 その方、 これを鹿と申すか、犬か、鹿か、犬鹿蝶か。 犬でございます。 犬と申すの だな、角が落ちたようにも見えるが。 願書を差し戻す。 一同、帰れ。 こ れこれ与平、その方、豆腐屋だな、きらずにやるぞ。 おかべで、まめで帰れ ます。

 蜃気楼龍玉、きちんと物語り、なかなかの出来だった。

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