柳家花緑「親子酒」の本篇2017/04/05 06:35

 親子が禁酒の約束をした。 十日、二週間、二十日、骨が折れる時になる。  なァおばあさん、今晩は冷えるな、何か温ったまるものが欲しい。 湯たんぽ をこしらえましょうか。 身体の中から温ったまるものだ。 葛湯でも。 ピ リッとしたものだ。 とんがらしのお湯? カッカして眠れなくなる。 いい 気持になるものだよ。 そんなもの飲んだら、捕まりますよ、お爺さん。

 倅の体の為を思って禁酒したんだ、私は老い先短いんだ、明日死んだら、悔 やみますよ。 呑んでる時、倅が帰って来たら、どうすんです、いけません。  妥協案を探ろうという話だ、お前には夫婦の情がない。 お前の思いはわかる、 私は呑み出すと、長っ尻(ちり)だ。 今日は一本だけだ。 あなたが一本で 済む人ですか。 呑みたいんだよ、今日は。 呑まないと身体に障る、長く看 病しなければならなくなる、気持が呑みたいんだよ。 一本呑めば、すーーっ と寝られる。 倅と私と、どちらの付き合いが長い。

 一本、終わって、拝む。 もう一本。 半分、持って来い! いつも以上に 酔って、べロンべロンになった。 お酒がないって言ってんの。 それだけ呑 んだら、もういいでしょう。 お酒を持って来て下さい。 ここまで来たら同 じだから。 (煙草を喫みながら)えっ、酔ってますねって、誰が? 私が? 馬 鹿なこと言っちゃいけない、ちゃんとしてますよ。

 えっ、何? 聞こえてないよ。 倅が帰って来ました。 そんなこと、早く 言え。 廊下で待たしておきなさい、お父さんは調べ物をしているからと。 こ れは台所に隠しなさい。

 長太郎か、こっちへ入んなさい。 (ベロベロに酔って)お父さん、ただい ま帰って参りました(舞台に頭をぶつけるくらいのお辞儀)。 お前、麹町の大 和屋さんに伺ったんだろう。 大和屋さん、一杯やっていらっしゃって、私に も呑めとおっしゃる。 一滴も吞めません、親と子、男と男の約束をしたんで す。 なぜ強情を張る、以後うちの出入りを止めるぞ、とおっしゃるから、私 は怒った。 たとえ出入りを止められても、呑まないと言ったら吞みません。  えらい、その意気が気に入った、まあ一杯吞めってんで、二人で二升五ン合空 けちゃった。 やっぱり好きなものは、なかなかやめられませんね、お父さん。

 情けない男だな、お前は…、お父さんを見なさい、こうして我慢しているの は、お前の身を思えばこそだ。 口うるさく言うのは、この家の身代をそっく りお前に譲ってやりたいと、思えばこそだ。 アー、アー、おい、おばあさん、 ちょいとここへ来てごらんなさい、倅の顔を、七つにも八つにも見える、化け 物だ。 ヤァ駄目だ、駄目だ、こんな化け物みたいな奴に、とてもこの身代は 譲れません。 ハッハッハッ、冗談言っちゃあいけねえ、お父さん、こんなぐ るぐる回るような家はもらったって、しょうがねえや。