「四月大歌舞伎」夜の部を観る2017/04/11 07:00

 7日は、歌舞伎座で「四月大歌舞伎」夜の部を観た。 頂いたチケットが花 道のすぐ横の素晴らしい場所だった。 演目は、一、近松門左衛門作「傾城反 魂香」土佐将監閑居の場、 二、「桂川連理柵(れんりのしがらみ)」帯屋、 三、 「奴道成寺」である。 偶然だけれど、「反魂香」と「桂川連理柵」は落語にも 出てくる。 落語の「反魂香」はまったく別の話だが、「桂川連理柵」のお半長 右衛門、「お半長」の心中話が、上方落語の「どうらんの幸助」では誰でも知っ ている話として笑いのもとに使われている。

 一、近松門左衛門作「傾城反魂香」土佐将監閑居の場は、通称「吃又(ども また)」、吃りの浮世又平(後に土佐又平光起。中村吉右衛門)(近年注目の絵師 岩佐又兵衛がモデルという。)が口の達者な女房おとく(尾上菊之助)と、師匠 土佐将監(土佐光信がモデル。中村歌六)に、土佐の名字を名乗ることと免許 皆伝を懇願する話だ。 子供の頃に小耳にはさんだ「吃又」という言葉の語源 が、この歳になってようやくわかったのだった。

 土佐将監が隠れ住む山科の閑居に、虎が出たと村人が追って来る。 藪から 顔を出す虎には、笑ってしまう。 日本にいないはずの虎は、名人狩野元信筆 の虎に魂が入って抜け出たものと、将監が見破ったので、弟子の修理之助(中 村錦之助)が筆の力でかき消し、将監に土佐光澄の名と免許皆伝を許される。  修理之助の兄弟子の又平と、女房おとくがやって来て、師匠の土佐将監に、土 佐の名と免許皆伝を頼み込む。 欲がなく、口の不自由な又平に代わって、お とくが切々と訴えるのだが、将監は大津絵でも描いて暮せと、許さない。 絶 望した又平は死を決意し、せめてこの世の名残りにと、最後の力を振り絞り、 手水鉢に自画像を描く。 すると、不思議なことに、その自画像が石を貫き、 裏側に突き抜ける。 その奇跡を目にした将監は、又平の筆力を認め、土佐光 起の名と免許皆伝を許す。 将監の北の方(中村東蔵)から羽織袴の礼服と両 刀を与えられ、嬉し気に祝いの舞を舞うのだが、その口上を述べようとすると、 何ときちんと話せるのであった。 めでたし、めでたし。