日本国憲法の理念で世界平和へ2017/04/17 07:07

 映画『シロタ家の20世紀』の藤原智子監督は、2004年にドキュメンタリー 映画『ベアテの贈りもの』も制作している。 その映画は、ベアテ・シロタ・ ゴードンが、ピアニストの亡き父レオ・シロタのレコードを保有する岩手県紫 波町の「野村胡堂・あらえびす記念館」を訪ねるところから始まるのだそうだ。  昨日も少し書いたように、ベアテは、昭和初期の日本で、女性たちの抑圧され た状況を目の当りにして育ち(5~15歳)、アメリカに渡りオークランドの全寮 制女子大学ミルズ・カレッジで学び、卒業後はタイム誌の外国部リサーチャー となった。 戦後の1945年12月、GHQ民間人要員として来日、大戦中音信 不通だった両親と再会できた。 6か国語をこなすベアテは、日本国憲法草案 委員として弱冠22歳で、男女平等を定めた第24条となる法案を起草した。 映 画は、この「ベアテの贈りもの」を受けた日本の女性たちが、それまで男性の 支配下だった社会に、つぎつぎに起こした変化、地道な努力の結果の積み重ね を、記録フィルムとインタビューで描いていた。

 2005年12月、この『ベアテの贈りもの』が、パリの日本文化会館で上映さ れた。 そこにベアテの従妹の娘アリーヌ・カラッソが現れたのだ。 父レオ・ シロタの弟ピエールの娘ティナが、ホセ・カラッソと結婚して産んだ娘で、弟 のジルと二人で浴衣を着ている写真が、映画に出てきたのだった。 ピエール は、パリで音楽ブロデューサーとして大活躍し、近代音楽とロシアバレエやオ ペラをヨーロッパに紹介したり、ミスタンゲット、モーリス・シュバリエなど のマネージメントをした人だった。 翌日の2回目の上映会に、アリーヌは沢 山の家族写真を持って来て、藤原智子監督にアウシュビッツに送られた祖父ピ エールのこと、ゲシュタポの目を逃れて生き延びた母ティナのこと、ノルマン ディー上陸作戦で戦死したベアテの従兄イゴールの話をした。 それが映画『シ ロタ家の20世紀』の制作につながる。 製作費には、レオ・シロタの愛弟子 のピアニストで、東大法学部最初の女子学生、国会図書館専門調査員(各省の 事務次官相当職という)を務めた藤田晴子の「文化事業のために役立てて欲し い」という遺産が充てられた。 アリーヌ・カラッソは、映画『シロタ家の20 世紀』にしばしば登場し、シロタ家の人々のことを語る。 アウシュビッツに 送られたピエールの形見のピアノ、プレイエル(フランスの名器)が残ってい るのを見せ、母ティナの従兄イゴールのポーランド軍がノルマンディー上陸作 戦で解放した地域、ランガヌリ・ポーランド軍人墓地にあるイゴールの墓を訪 れる。

 ベアテ・シロタ・ゴードンは、映画『シロタ家の20世紀』で、毎年日本を 訪れ日本国憲法について、流暢な日本語で講演する姿を見せる。 「日本の憲 法は押しつけではない。押しつけは、悪いものを無理強いする時の表現で、い いものの場合は使わないでしょ」と言ったそうだ。 世界に誇る「戦争放棄」 を謳った第9条の重要さを強調し、その理念を世界に広め、世界平和に結びつ けることが、われわれ日本人の使命だと熱っぽく語っている。 父レオの高弟 で幼馴染みのピアニスト園田高弘の75歳記念コンサートを聴き、旧交をあた ためた。

 ベアテ・シロタ・ゴードンは、『シロタ家の20世紀』公開4年後の2012年 12月30日、ニューヨークの自宅で亡くなった、享年89歳。 『ベアテの贈 りもの』と『シロタ家の20世紀』、二本の映画は、われわれ日本人に対する「ベ アテの遺言」となったのである。