責任は原子力の安全管理システム全体に2017/04/24 07:03

 日本の原子力政策については、二つの立場があった。 その推進を「国策」 として円滑にするために、原子力事業者が民間企業である場合、事故の「リス ク」を国が肩代わりする仕組みを作るべきだという「推進派」。 1955(昭和 30)年末の「原子力基本法」の生みの親、中曽根康弘を始め、通産省、経済産 業省。 さらに我妻栄は、肩代わりを可能にする法的な枠組みである「原子力 損害賠償法」(1961(昭和36)年6月)の制定に向けて尽力した。

 もう一つは、発電に原子力を選ぶか、火力発電など他の形態を選ぶかは、あ くまでも経済上の観点から決められるべきであって、事故発生の「リスク」の 計算自体が経営判断の一つの重要な要素なのだから、原子力事故の「リスク」 についてだけ、民間企業の負担を国が肩代わりすることは、望ましくないとす る立場、「慎重派」である。 松永安左エ門はもちろん、政府の中では水田三喜 男が大臣であった頃の大蔵省。

 1961(昭和36)年成立の「原子力損害賠償法」は「推進派」と「慎重派」 の折衷案であったため、法律上曖昧な点を残し、2011年3月12日に発生した 原発事故に対して、東京電力支援策の方針について混乱が発生する原因になっ た。 竹森俊平教授は、「推進派」に福島原発事故の責任を求めるのは酷である といい、この50年間に原子力は日本の発電能力の3割を占めるまでになって いたのだから、本当に責任があるのは、それに対応して拡充されるべきであっ た、日本の原子力に対する安全管理システム全体である、とする。

 欧米の電力モデルと違って、地域独占という日本の電力体制は、もともと原 子力事故のリスクが経営に反映されにくいモデルである。 原発事故をカバー する保険料が高騰しても、電気料金に上乗せができる。 資本コストについて も、国の支援で低位で安定している。 そのため、スリーマイル島事故の後、 ほとんどの国で30年間にわたり原発建設がストップしたのに、日本では続け られた。

 「原子力損害賠償法」があることによって、電力会社は原発事故のリスクを 過小評価するようになり、同時に事故防止のための安全管理を怠るようになる 懸念がある。 電力業者がもし我妻答申通りの保護を受けたとしたら、万一原 発事故が発生しても、契約を交わしている「保険措置」もしくは「補償措置」 を行使するだけで責任を果たせ、賠償措置額を超える負担については国が肩代 わりしてくれるので、心配の必要がない。 電力事業者が原発事故の回避に全 力を尽くす必要もなくなる。

 竹森俊平教授は、これは経済学で「モラル・ハザード」と呼ばれる古典的な 問題だ、と言う。 自分のペナルティーを逃れる道が開かれれば、主体は過ち を回避する努力を怠るようになるわけだ。 そうであれば、その分だけ、国が 安全管理に気を付けねばいけなかったのだが、安全管理を担当する原子力安 全・保安院が原子力政策を推進する経済産業省の下に置かれているような状態 なので、原子力政策に「待った」をかけたり、電力会社が安全管理を怠る「モ ラル・ハザード」を抑制したりできる可能性は著しく低下した、と指摘してい る。

 巨大な賠償責任を背負った東京電力をどうするべきか。 資産をすべて売却 して賠償責任を果たせるだけ果たし、破綻するのがベストだというのが、2011 年10月執筆時の竹森俊平教授の立場であった。 電力会社が原子力の桎梏(し っこく)を外れ、一番効率的な電力システムを自由に模索できる体制をつくる べきだ、国も経営上の合理的な判断を狂わすような、特定の発電方式への過度 の肩入れを控えるべきだろう。 かつて松永安左エ門が述べたように、商売は 商売、技術は技術で、両者の混同を生むような「国策民営の罠」ほど、経済に とって迷惑なものはないのだから、と。