桂文治の「二十四孝」前半2017/05/04 07:23

 8月で50歳でございまして、と言って、客席を見回し、とうに過ぎてると思 ってるんでしょう。 昭和42(1967)年8月25日生れ、乙女座。 顔が老け づくり、早稲田の清宮に似ていると言われる。 大分出身、噺家になるのを母 親が反対したが、父がこいつの人生だからと、言ってくれた。 師匠の名を継 いだので、親孝行が出来たかと思う。 未だに独身で、寂しい生活だ。 宮崎 で鯉昇兄さんとお寺で二人会をやって、泊りと打ち上げ、芋焼酎の会社の社長 が作ってくれたラベルが「四十九年の孤独」。 琥珀色には、程遠い。

 八公だな、上がれ。 破れた凧じゃない。 上がったら、座れ。 ようがす、 大家さんが立ったらいい。 座ったら、何か食わせるか。 お前は、三日にあ げず、喧嘩だな。 毎日です。 今日は小鯵が十三匹あったのに、湯に行った ら、ない。 カカアに聞いたら、知らないよ。 ババアに聞いても、知らない よ。 隣の泥棒猫が、一人胡坐かいて、隣の屋根で食っていた。 さっき、ガ タッていった。 二人の人間がいて、一人の猫の番も出来ないのか。

 それで猫を食おうと思って、竿の先に出刃庖丁をつけて、追うと、縁の下に 逃げ込んだ。 猫はニャンとも言わない。 飼い主の、隣の女ばかりの家に啖 呵を切りに行こうとしたら、カカアが俺の袖にすがって、借りた金をいまだに 返してねえというから、オッカアの横っ面をパッとなでたら、泣いた。 チョ ウチンババアが出て来た、シワが横に寄っている、縦に寄っているカラカサバ バア、縦横に寄っているチリメンババア、色黒だから干しブドウババア。 お 前のおっ母さんだろう。 俺が気がついた時からいた、死んだオヤジのカカア らしい、あのくたばり損ね。 そのババアが「これをブツなら、私をおブチ」 と言ったから、拳固を固めて、あらためて蹴飛ばした。 長屋のもんに、示し がつかん、タナ空けろ、出てけ! オトワヤー! 俺だって覚悟はあらあ、表 へ出ろ。 じゃあ、謝る、勘弁しておくんねえ。 重々悪うございました、こ れまで通り置いて下さいって、手をついて謝れ。

 石に蒲団は着せられない、孝は百行の本(もと)と言うな、わかるか。 い ーえ、ちっともわからない。 わからないなら、タナ空けろ。 唐土(もろこ し)に二十四孝というのがあった。 晋の王祥は、継母が寒中に鯉を食いたい というので厚氷の池に裸で腹ばいになった。 氷が解けて、穴が開き、鯉が二 三匹飛び出した。 白熊、アザラシ、ペンギン鳥じゃないんだろ、氷が解けた ら池に落ちる。 親孝行の徳が天の感ずる処となって、池に落ちなかったな。   晋の孟宗は、母親が寒中に筍の羹(あつもの)が食べたいというが大雪だ、じ っと天を睨んだな。 見当違いを睨むのを、藪睨みというのは、ここから始ま った。 すると、頃合いの筍を掘り当てた、孝子が天の感ずる処となったんだ。  もう、そうはねえだろう。