山内裕子さんの季題研究「卯浪」2017/05/15 07:13

 「卯波」と「新樹」の句会、季題研究の当番は山内裕子さんで「卯波」を選 択し、素晴らしい探求だった。 私などは国文学とは縁がないので、後半部分 のような「歴史的検証」が出来ない。

 「卯浪」「卯波」「卯月波」。 まず、◎歳時記の記載。 『虚子編新歳時記』 「陰暦四月即ち卯月の波浪をいふ。卯の花の風に吹かれて波立つをいふとの説 もある。」 『講談社版大歳時記』(森澄雄)「(卯の花説にもふれ)卯月の波が 略されたものと解するのが妥当であろう。」「晩春から初夏にかけて低気圧・不 連続線の通過によって一時的に海や川に白波が立ちさわぐのをさしている。」  『角川俳句大歳時記 夏』「卯月波ともよぶ。」晩春から初夏にかけての「季節の 変わり目に」。

 つづいて、◎気象検証。 海上技術安全研究所の調べや、京大理学研究科地 球惑星科の研究論文によると、どうも卯月だけが波が高いということでもない ように思える。

 そこで「卯波」が独立した季題となった背景は何なのか、◎歴史的検証。 近 世から江戸末期までの歳時記。 『至宝抄』(1586)から『俳諧季寄持扇』(1866) までの歳時記72種中、「卯浪」の記載があるのは『改正大成清鉋(きよかんな)』 と『季引席用集』の2種のみ。 『改正大成清鉋』(成立は1745(永享2)年 以前、立羽不角)、『季引席用集』(1780年ころ、馬場存義・高井蘭山)。 ただ し後者では「植物」の項に立項。

 『角川俳句大歳時記』の「考証」には、『清鉋』(1745(永享2)年以前)『四 季名寄』追加(1837(天保7)年)に4月として所出。  四五月の卯浪さ浪やほととぎす 許六(きょりく)(1656~1715)『宇陀法師』 散りみだす卯波の花の鳴門かな 蝶夢(1732~1796)『四国に渉る記』 実際の波を表す言葉として使われるようになったのは1700年頃からのよう で、その後も例句も少なく、あまり一般的に用いられていなかったのではない か。 『俳諧歳時記栞草』(1851(嘉永4)年、曲亭馬琴)にも立項されてい ない。

和歌はどうか。 角川の『新編国歌大観』のCD-ROMを「卯波」「卯浪」「卯 月波」「卯なみ」などで検索したが該当無し。 ちなみに「卯」で検索すると千 五百首以上ヒットするが九割がた「卯の花」「卯花」、それ以外は「卯月」「卯杖」 であった。 ただ、「卯の花」と多摩川(玉川)や「井せき(堰)」の浪と詠み 合わせた歌や、その咲き様を浪に例える歌が結構見られた。

そして山内裕子さんの、◎ごくごく私的考察。 日本近海では春から夏への 変わり目に特に海上が荒れるということはなく、むしろ秋から冬に荒れること の方が多い。 よって「卯月の波」を取り立てて言挙げする根拠がない。 和 歌に詠まれた歴史もなく、歳時記でも江戸時代半ば過ぎまで記録が無い。 に もかかわらず「卯浪」が季題となったのは、「卯月の波」が略されたというより は「卯の花」の存在が大きかったのではと思われる。 和歌の世界では籬に卯 の花が咲き乱れ、それが風に揺られている様を詠むというのが一種の定形にな っていたようである。 それを波に例えるという流れができ、さらに発展して 実際の波をあらわすようになったのではないだろうか。 よって白い波頭とい うのがキーワード。 さらに卯月という夏の到来を告げる季節感ともあいまっ て明るく力強い海のイメージの膨らむ詩語となり、近代になって数々の名句が 生まれて行った。 まさに近現代の俳人が豊かに大きく育ててきた季題といえ るのではないだろうか。

以上、山内裕子さんの季題研究「卯浪」を紹介した。 児玉和子さんから、 「卯月」「卯浪」「卯の花」の白と稲作の関係を指摘するコメントがあった。 稲 の穂を植える「植月」、瑞穂の国の豊作を願う心につながるということだろう。

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