志木高教諭時代、虚子「追っかけ」旅、そして2017/05/18 07:07

 本井英先生の自註『本井 英集』を、もう少し読んでみよう。 私の知らない 慶應志木高教諭時代の句には、こういう先生の授業を受けたかったと思わせる ものがある。 <出来秋の湖(うみ)の畔(ほとり)の無人駅> 昭和46年 作 「修学旅行。宍道湖の畔、一畑鉄道の駅。逗子の自宅から、志木は遠かっ たが、楽しい教員生活を過ごさせてもらった。」 <生徒らは落葉蹴り蹴り随い てくる> 昭和55年作 「広々とした自然の残るキャンパスに、素直な生徒 ばかり。天気の良い日は、森を散歩しながら授業をすることもあった。」 <一 (ひと)クラス分の早苗の届きけり> 平成14年作 「国語の授業の一環で、 毎年「稲」を作った。日本の文学の根幹には、季節ごとの「神の来臨」があり、 「稲作」こそがその中心だからだ。」

 後に平成12年の著書『虚子「渡仏日記」紀行』(角川書店)としてまとまる、 平成6年・8年三回の虚子「追っかけ」海外旅行、平成9年4月から一年間の フランス留学も、重要で貴重なご経験であった。 <スマトラは左舷今宵も稲 妻す> 平成6年 「クイン・エリザベス二世号に乗船。虚子に<稲妻のする スマトラを左舷に見>がある。一種の本歌取りである。」 <沈む日に置いてゆ かれて夏潮に> 平成8年作 「「飛鳥」のワールド・クルーズに便乗。イン ド洋を西に進む日々は、太陽に置いて行かれて夜となる。」 <長江の澄むべう もなくひろごれる> 平成8年作 「長崎・上海フェリーで、また虚子の「渡 仏」を追いかけた。東シナ海のインクのような紺から揚子江の泥の色に移るの は、あっという間であった。」 <ならべ売る魚(うお)は筒切り春の蠅> 平 成9年作 「一年間のフランス留学が許された。研究テーマは「フランスの四 季の研究」。「マルシェ」では魚も売られているが、どれも「筒切り」。」

 <品川のホームに見かけ夏帽子> 昭和42年作 「鎌倉から三田の大学に 通う身には、品川は馴染みの駅。なんとなく南へ帰る気分も好きだった。「夏帽 子」の娘はその後、妻となる人だったかも。」 <父が来てゐる我が町の薄暑か な> 昭和45年作 「この年の五月に、文学部で同学年だった久美子と結婚 して逗子に住んだ。ある日鎌倉山の父が逗子の友人Mさんの家から電話をして きた。」 <夏夕(ゆうべ)癒し給へと集ひ唄ふ> 平成9年作 「ルルドの 泉。久美子の癌は三年前に訪れた時より着実に進行していた。前回は奇跡的に 良くなったのに……。本人は大分気落ちをした様子だった。」 <胎出づる思ひ に茅の輪くぐりけり> 平成10年作 「四月一日帰国。一足先に帰っていた 久美子は、もう動けない体になっていた。「茅の輪」は芝神明。蘇生ということ をしきりに考えた。」 <妻を迎へに山の雨山の雷> 平成10年作 「大きく 息を吸い込んだまま、久美子は息をしなくなった。折から明け方の雷鳴と、驟 雨の音が病室を包んだ。神様が迎えに来たのだなと分かった。」

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