三遊亭兼好「一眼国」の本篇2017/07/23 06:49

 お前さんに頼みがある。 本物を生け捕って来てくれないか。 何年か前、 お前さん、旅から帰って、ガタガタ震えていたことがあった。 何か怖いもの、 珍しいものを見たんだろう。 お前が生きていられるのは、誰のおかげだ、お 父っつあんも、お前も、恩知らずということになるぞ。

 今まで黙っていましたが、旦那にはお話します。 一度だけ、一つ目を見た ことがある。 江戸から北に百里、大きな原っぱがあり、その真中に大きな榎 の木が一本あった。 一足ごとに暗くなって、人家は見当たらない。 遠寺の 鐘がゴーーンと鳴り、なま温かい風が吹いてきて、「おじちゃん」と呼ぶ、子供 の声がする。 五つか、六つの女の子、赤い着物に、赤い布を頭にのせ、小さ な毬を持っている。 前髪の下に、大きな目が一つしかなかった。 逃げに逃 げた、後にも先にも、あんな怖い思いをしたことはない。 一つ目の国では、 人間を捕まえて食らうそうだ。 よく話してくれた。 鰻はないが、握り飯を 持って行け、親父さんによろしく。

 明くる日、江戸から真北に百里、大きな原っぱにやって来る。 遠寺の鐘が ゴーーンと鳴り、なま温かい風が吹いてきて、「おじちゃん」と呼ぶ、子供の声 がする。 五つか、六つの女の子、赤い着物に、赤い布を頭にのせ、小さな毬 を持っている。 目は、たった一つ。 いたーーっ、大儲けだ。 お嬢ちゃん、 おいで、お菓子がある。

 女の子を小脇にかっこみ、口を押えて、走り出す。 ジャンジャンと半鐘が 鳴り、大きな原から、人がピョコピョコ湧き出して、追いかけて来る。 女の 子を投げ出して逃げたが、たちまち捕まり、後ろ手に縛られて、奉行所へ。 お 奉行様も目が一つ、追って来た連中もみんな目が一つだった。 一眼国だ、南 無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経。 生国はどこだ? 江戸で。 かどわかしの罪 は重いぞ。 おもてを上げよ。 奴、珍しい、目が二つじゃ。 調べは後廻し にしよう、さっそく見世物に出そう。