権太楼流「爆笑落語」の原動力2017/08/11 06:26

 私が50年近く通っている老舗のホール落語、国立小劇場のTBS「落語研究 会」の出番を待ちながら、「柳家権太楼落語って何?」と権太楼が考え込んでい たら、白井良寛(よしもと)プロデューサーが声をかけた。 「権太楼、いい か、この人を見ておけよ」 高座に上がっていたのは桂枝雀師匠、上方落語の 実力者、突拍子もないギャグと派手なアクションで、観客の度肝を抜いていた。  この噺のツボはここだ、と思う場面で、自分の数倍、数十倍の笑いをとってい る。 「これだ、俺が目指す爆笑落語だ!」 この権太楼の驚きと感動を、白 井プロデューサーはお見通しで、気がつけば、枝雀師匠の出る会には、必ず権 太楼も呼ばれていたという。

 枝雀師匠の得意ネタ「代書」に、権太楼の大好きな場面があった。 代書屋 が履歴書を書くのに、「生年月日を言ってください」というと、主人公が「せい ねんがっぴ!」と思い切り叫ぶ。 権太楼が東京で教わったネタには、そのく だりがなかった。 「師匠の「せいねんがっぴ!」、使ってもいいですか?」と ずうずうしく聞くと、枝雀師匠はあっさり許してくれた。 それから二十数年 たった今も、権太楼は「せいねんがっぴ!」と叫び続けている。

 私は権太楼の「代書屋」を2007年9月27日の第471回「落語研究会」で聴 いて、権太楼の「代書屋」<小人閑居日記 2007. 10.2.>に書いていたが、「せ いねんがっぴ!」は書き洩らしていた。

http://kbaba.asablo.jp/blog/2007/10/02/

 松竹新喜劇の藤原寛美さんが、師匠の小さんと仲良しで、東京公演の合間に よく鈴本演芸場に来てくれていた。 その日はトリが小さんで、若手真打の権 太楼も番組後半に入れてもらっていた。 終演後、寛美さんと小さんが銀座で 飲んだら、寛美さんが寄席の番組表を広げて、「この子ですよ、この子はいいで す。伸びますよ」と言ったそうだ。 「この子」は、権太楼。 小さんは満面 の笑みで、「オメエのこと褒めてたぞ。礼に行ってこい」。 そんなこと言われ たって、何の面識もない、小さんが連れてってくれるわけじゃなし。 だが、 本当に嬉しかった。 寛美さんが認めてくれたのは、大きな自信になった。

 白井プロデューサーのひと声、枝雀師匠の爆笑ギャグ、そして寛美さんの「こ の子ですよ」の三つが、権太楼流落語の原動力となった。

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