轟亭の小人閑居日記 　　　馬場紘二

　＜かくばかり偽り多き世の中に子の可愛さは真なりけり＞　可愛い子には旅 をさせよ、というので奉公に出すことがあった。　読み書き算盤、行儀作法を 仕込んでもらう、給金は無し。　年に二回、1月16日と7月16日に、「薮入 り」という休みがあるが、里心がつくからというので、三年ぐらいは「薮入り」 無し。　三年経ってようやく、宿下（やどり）に出してやるよ、ということに なった。

　その日は、なかなか眠れない。　待っている親の方でも、なかなか眠れない。　 ＜薮入りや何にも言わず泣き笑い＞　三年ぶりだな、我慢強いな、俺にそっく りだ。　お前さんは、いいことはみんな、自分にそっくりだと言う。　よく辛 抱したな、あったかいおまんま炊いてやれ。　今、何時だ。　12時過ぎ、いい から寝なさいよ。　亀も、寝てねえよ、親子揃ってお通夜だ。　おっかあ。　お 寝なさいよ。　納豆、辛子利かせてな、魚屋に中トロ二人前、俺もお相伴する から。　お前さん、調子がおかしいよ。　「にゅう」だ。　玉子焼き、きんつ ばと大福を50個、寿司の握りたて、天ぷらの揚げたてもだ。　そんなに食べ たら、おなかを壊しますよ。　お前は知らないが、お店では宛行扶持（あてが いぶち）だ、亀の好きなものを知っているのは俺達だけだ。　何時になった？　 2時を回ったよ。　昨夜の今時分には、夜が明けたのにな。　湯へ行かせよう、 桜湯がきれいになったから、それから千住のおじさん、本所の先生の所、浅草 の観音様へ行こう、品川の海も見せてやろう、奈良の大仏を見て、京大阪を回 って、金毘羅さんから九州の桜島まで行こう。　何時だ？　5時過ぎた。　箒 はどこだ。

　吉っつあん、こっちに来て見ろよ。　熊公が掃除なんかしているよ。　今日 は、いくんちだ。　「薮入り」だよ、亀ちゃんが戻って来るんだ。　可愛い子 には旅をさせよ、というけれど、熊も人の親なんだね。　熊さん、ちょいと、 いい天気だね。　「薮入り」で亀ちゃんが帰って来るんだね、よかったら家に も寄越して下さいよ。　当人が何て言うか。　喧嘩だね。

　遅いな、あの番頭が意地悪して、なかなか帰さないんだ、行ってぶっ飛ばし てやるか。　あの子は、一番下なんだから、遅くなるんだよ。