柳家一琴の「質屋庫」2017/08/29 07:11

 一琴は黒紋付。 天神様、菅原道真が大宰府に流された仇は藤原時平(とき ひら)、時平公(じへいこう)。 天満宮では、賽銭箱にお札はあげない、天神 様はシヘイは嫌いだから。

 番頭さん、ウチの噂を聞いたか。 湯屋で、横丁の質屋で庫(くら)がどう したとか、三番庫にお化けが出るという。 今夜、確かめてくれないか。 本 日限りで、お暇を頂きます、私は化け物と塩辛が嫌いで。 何でもないよ、質 物の気が出るんだ。 おかみさんに、背負い(しょい)呉服が、見るからに乙 な小布(こぎれ)を見せ、黒繻子(くろじゅす)と合わせ帯にしたらと勧める。  二分、来月のお勘定でいい、と。 亭主に話す、一分と。 安そうだから、買 ったらいい。 帯を買った、あとの一分は、へそくりを竹筒(たけずっぽう) からカラカラストン、呉服屋の払いを済ませた。 その後、亭主の商いで、勘 定が足りなくなった。 一分。 帯を質に入れて、一分借りた。 なかなか請 け出せない内に、おかみさんが病気になった。 妹を呼んで、看病させる。 形 見にあの帯を、恨めしいのはあの質屋だと言って、おかみさんは亡くなる。 三 番庫は、そんなものばかりだ。

 誰か頼りになりそうな者と一緒に。 出入りの熊五郎がいい、彫り物をして る。 呼びにやれ。 貞吉! 返事が早い、立ち聞きしてたな。 座って聞い てました。 とにかく、すぐに連れて来い、お前はおしゃべりだから、余計な ことを言うんじゃないぞ。

 熊さん、大変だぞ、旦那が怒っている。 かんかんで、すぐ連れて来いって。  何で怒っているんだ。 旦那が、言うなって。 訳を教えろよ。 只というわ けにはいかない。 何が欲しい。 芋羊羹。 どこにある。 売ってるよ、後 ろに。 大きいやつ、三本。 帯を買ったんだ、竹筒からカラカラストン。 な んだか、わからない。 ご馳走様。

 酒を買うところ、買わないで済ませた、あれがばれたのか。 熊五郎じゃな いか、いいから、こっちへ上がれ。 悪気があって、やったんじゃない。 法 事の後で、燗冷ましを桶にあけたところを、お清どんに頼んで、もらっていっ た。 いい酒だった、7日ばかりで、ペロッとやった。 かかあがもうないっ ていうから、お店で頂いてこようか。 黙って、一升持って来た。 床の隅に、 大きな酒樽が三つ、蔵元から取り寄せてあった。 旦那もうわばみじゃない、 そんなには飲めないだろうと、一樽頂いた。 何てことをするんだ、お前を呼 んだのは、酒のことじゃない。

 沢庵の一件ですか。 沢山あったので、三本ばかり、お清どんに頼んで、も らっていった。 世の中にこんな美味い沢庵があったのか。 樽がずらっと並 んでいたんで、ちょいと一樽頂いた。

 沢庵のことじゃない。 下駄の一件か。 下駄箱を掃除していたら、柾が通 った下駄が八足、旦那が誂えた下駄だ。 旦那だって、蛸じゃない、三足頂い た。 物を持って行くのは、サンゾク。

 下駄のことじゃない。 醤油の一件ですか。 お清、気を付けなさい。 お 店だけです、余所じゃやりません。

 叱言じゃない、お前は強いか。 誰がァ、エッヘッヘ、怖いと思ったことは、 一遍もない。 三番庫で、丑三つ時分、化け物が出る。 私が、そのバ、バ、 バーーっ、化け物を…、化け物は扱ってない、ちょっと待って下さいよ。 連 れがある。 ウチの番頭さん。 後ろで、震えている。

 庫の前の離れ、酒の支度がしてある。 ガブガブ飲むな、眠気覚ましだ。 お 膳の上にはご馳走、中トロでキューーッとやろう。 なんにも出ない、まだ間 がある。 一杯やっていよう。 私は大きい物で。 箸がないな、取りに行こ う。 私を一人にしないで。 二人で取りに来た。 出た時は、「デーーーッ」 と。 私は店の方に逃げるから、着いた頃に「ターーーッ」と。

 丑三つ時、庫でピカッ、ガラガラドーーン。 二人とも腰が抜けた。 庫の 中で、「片や、小柳」「片や、竜馬」、「ハッケヨイ、ノコッタ、ノコッタ」。 消 えちゃった。 質物の気が出た。 竜馬の羽織と、小柳の帯が相撲を取ったん だ。

 また、出た。 棚の掛軸が開いて、するすると立ち上がる。 衣冠束帯の菅 原道真が、「東風吹かばにほひおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ」。 掛軸 は横丁の藤原さんのからの質草。 「こりゃ番頭、横丁の藤原方に行って、利 上げをするように言え。 どうやらまた流されそうだ」