柳家小満んの「派手彦」前半2017/08/30 06:27

 前座の柳家あお馬が、お茶を置いた。 小満んは三韓、新羅、百済、高句麗 から噺を始めた。 任那(みまな)が日本に一番近い。 昔、新羅が高句麗と 手を結び、任那に攻めてきたのを救援するため、大伴狭手彦(さでひこ)が朝 鮮半島に出征する途中、松浦佐用姫(まつらさよひめ)とねんごろになった。  狭手彦の船を肥前唐津の山上から、領布(ひれ、今のストール)を振って見送 った佐用姫が、悲しみのあまり、真っ白に固まって石になった。 佐用姫の涙 は、みんな砂利になる。 固い女、女の人は胆石になる、心労から来る。 一 般的に、ご婦人は石が好き。 翡翠、ルビー、オパール、可愛いもので、美し い。

 立ち居振る舞いがきれいになるというので、可愛い女の子が、踊りの稽古を する。 おさらい、美イちゃん、はい、右足から、一、二、三、ちゃんちゃん ちゃん…。 男の弟子、熊さん、猪首で、棒を持つ左の手がゴールキーパーの 手袋のよう、右の足から出るが、十六文甲高。 仏壇がガタガタいう。 私も 三木助師(四代目)のおかみさん、小林若葉にお稽古をつけてもらった。 師 匠が橘ノ圓(たちばなのまどか)になる前、花柳太兵衛の名で踊りを教えてい た頃の弟子で、十六になる頃から口説き始めて、後に一緒になった女(ひと)。  六代目が得意だった「羽の禿(はねのかむろ)」を、「小勇さん、ヤットント ン」と教わった。 十二、三の女の子になって、羽子板をつく、踊りながら歩 いていて、交番の前で、お巡りさんにニッコリ笑ったら、お巡りさんが下を向 いた。 純情な人だったんだろう。

 長谷川町の新道に、派手彦という踊りのお師匠さんがいて、年は二十二、当 時は年増、男嫌いだが、大変な器量良し。 ポチャっとして、愛嬌がある、な で肩。 お彦さん、背はすらりと柳腰で、お尻があるかないか。 色は白く、 顔の輪郭が整っていて、鼻筋が通っている。 口許(もと)は、歯並びがよく て、艶やか。 格子の前は、いつも人だかりだった。

 松浦屋という酒屋の番頭で佐兵衛、四十二、女嫌いで女を見ると寒気がする という。 その佐兵衛が、ひょいと覗いて、世の中にこんなきれいな人がいる のか。 四十二で、性に目覚めた。 新道の格子と帳場を何度も往復して、仕 事も手につかない。 その内に、床につき、寝たっきりになった。 番頭さん、 痩せちゃったね、口に合ったものでも食べないと。 貞どんか、横丁へ行って 見て来てくれないか、間口二間半、奥八間、右のあんよから出るんだよ、棒持 って、一、二、三、ちゃんちゃんちゃん…。 評判、評判、紺縮緬の着物に、 黒繻子の帯で。 番頭さんが、変なことを言ってます。 熱がさせるんだろう、 お医者さんを呼ぼう、甘井羊羹先生を…。