智美術館「珠玉の現代陶芸」展 ― 2017/09/01 07:09
8月24日、虎ノ門の菊池寛実記念 智(とも)美術館で「珠玉の現代陶芸」 展を見た(9月3日まで)。 隣のホテルオークラでは、建て直し工事が始ま っている。 展覧会は「マダム菊池のコレクション」という副題だが、この美 術館の設立者菊池智(とも)さんは大正12(1923)年生まれ、昨年夏、93歳 で亡くなったという。 菊池寛実(かんじつ)さんは、その父親で炭鉱(辰ノ 口、三友、高萩、日本炭鉱)やガス会社(京葉ガス)などを経営、一時は南俊 二、大谷米次郎と共に「日本の三大億万長者」といわれた。 智さんは、その 事業を継承するとともに、1950年代後半から現代陶芸の蒐集を始め、1974年 に寛土里という陶芸店をホテルニューオータニに開き、1983年にはアメリカの スミソニアン自然史博物館で自身のコレクションによる「現代日本陶芸展」を 開催、2003年にこの美術館を開館するに至る。 美術館のエントランス正面の 壁は書家・篠田桃紅の「ある女主人の肖像」、展覧会場に下りる螺旋階段の銀 色の壁面も桃紅作品、階段の手摺はガラス作家・横山尚人作、ともに智美術館 の顔、シンボルである。
そこで「珠玉の現代陶芸」展だが、いきなり富本憲吉《白磁八角共蓋飾壺》 (1932年)《色繪飾箱》(1935年)、河井寛次郎《花扁壺》(1959年)《灰 釉筒描魚文喰籠》(1950年代)である。 そして石黒宗麿、加藤唐九郎、加藤 土師萌、清水六兵衛(六代)、酒井田柿右衛門(十三代)と続くのだ。 たち まちコレクションの素晴らしさに、引き込まれる。 その後、菊池智さん自身 が好んで蒐集したと思われる八木一夫、加守田章二、藤本能道などが並んでい る。 ごく一部に、よくわからない近年の作品もあるけれど、全体的によいも のを見たという目の保養、豊かな気分になる。
実は智美術館、私にとっては「花より団子」で、ここの庭を望むヴォワ・ラ クテ(天の川)というレストランが好みなのだ。 シネマスコープのスクリー ン(古いね)のような10メートルぐらいはあろうかと思われるガラスが二枚 並んで、パッと明るい芝生が目に飛び込んで来る。 風知草が揺れ、もっとい い鳥も来るのだが、今日は雀が遊んでいる。 夫婦で冷製スープ、大山鶏モモ 肉の香草グリエと、糸縒鯛のポワレのランチに、ちゃんとつくっているものは、 やっぱり美味しいとかいいながら、大満足したのであった。
「寅さん」渥美清の俳句を探索ルポした本 ― 2017/09/02 07:12

わざわざ贈って下さった方がいて、森英介著『風天 渥美清のうた』(大空 出版・2008年7月10日初版の2017年6月20日第4刷)を読んだ。 たまた ま新聞に広告が出たので、著者がその間に亡くなっていたことを知る。 2008 (平成20)年は「寅さん」の渥美清生誕80年、十三回忌の年であった。 1996 (平成8)年8月4日に、渥美清が転移性肺がんで亡くなった(68歳)直後、 渥美清、俳号風天の俳句45句が、『アエラ』と『俳句朝日』誌上に出た。 『ア エラ』編集部でやっている遊びの句会に、渥美清が参加していたというのであ る。 最後に詠んだ<お遍路が一列に行く虹の中>は、講談社の『カラー版新 日本大歳時記』や村上護『きょうの一句 名句・秀句365日』にも収録された。 四国徳島県に生まれ、毎日新聞で記者をした森英介さんは俳句好きで、昔の記 者クラブ仲間で『アエラ』の穴吹史士(ふみお)副編集長を皮切りに、その45 句以外にも風天・渥美清の俳句はなかったのか、手がかりをたどって探索を開 始する。 どんな親しい友人にも決して私生活を明かさないことで有名だった 渥美清の俳句に、もしかしたら心の日記、人生の履歴書、私小説、山頭火のい う「俳句ほど作者を離れない文芸はあるまい。一句一句に作者の顔が刻み込ま れてある」かもしれないと考えたからだ。
穴吹史士さんによれば、アエラ句会は、1990(平成2)年夏に始まり、渥美 清が初めて参加したのは翌1991(平成3)年10月8日で、上記の最後の句を 詠んだのは1994(平成6)年6月6日、この年の12月に肝臓から転移したの か肺にがんが見つかり、2年後に亡くなる。 熱心な会員で、定刻より30分も 前に来て、静かにじっとしているかと思えば、寅さん撮影の間隙を縫い、大船 からタクシーを飛ばしてきたりもした。 寡黙、みんながビールを飲みながら、 がやがややっている隣室の隅の暗がりで、一人壁に向かって想を練っていたり する。 出入りの多かった句会で、開会の時の自己紹介はいつも、「アエラで 会計をやっております渥美と申します」だった。 頭でこねくり回した句には、 「大学出だね。インテリだねぇ」と、絶妙の合いの手を入れた。 アエラ句会 で、日本中のどの句会よりも優れていると誇れるものが、入選作を朗々と読み 上げる風天渥美清の声だった。 どんな駄句も名句に聞こえたそうだ。 句会 が終わると、最寄りの居酒屋に繰り出すことになっていたが、渥美風天は文字 通り風のごとく、みごとに姿を消したという。
判明した風天・渥美清の俳句は220句 ― 2017/09/03 06:47
アエラ句会の45句以外の風天・渥美清の俳句の探索を始めた森英介さんは、 まず三年前に行って俳句を並べた大きな額を見た記憶があった信州・小諸の「渥 美清こもろ寅さん会館」へ行き井出勢可(せいか)館長を訪ねる。 展示の短 冊26句(詠まれた年月だけで出典は不明)は、アエラ句会になかったものば かり、館長への私信に3句、後からFAXで届いた19句(出典は不明)を含め、 合計48句が見つかる。 さらに渥美清の母校、板橋区立志村第一小学校の「寅 さんふれあいルーム」に42句があった。
旧知のイラストレーター矢吹申彦(のぶひこ)から、渥美清が「話の特集句 会」のメンバーだったことを聞き、事務局の鈴木敬子(有)花林舎社長によっ て139句が判明した。 小諸と志村第一小の句は、ぜんぶこの中にあった。 整 理すると、風天俳句は183句になった。
「話の特集句会」は、伝説の雑誌『話の特集』の元編集長の矢崎泰久が主宰 で、2008年の当時で42年も続いている、作家や俳優や著名人など、錚々たる 顔ぶれの句会だった。 渥美清は、1973(昭和48)年3月永六輔が連れて来 て初参加した。 メンバーだった和田誠によって、渥美清は「話の特集句会」 だけでなく、その後、灘本唯人が始めた「トリの会」9句や、「トリの会」を 若手グループが継いだ「たまご句会」にも参加していたことがわかり、29句が 見つかる。 「たまご句会」の記録には、1996年3月28日の句会、渥美清が 亡くなるわずか5か月前の、つぎの3句まであった。
がばがばと音おそろしき鯉のぼり
ポトリと言ったような気する毛虫かな
髪洗うわきの下や月明り
森英介さんの探索によって判明、『風天 渥美清のうた』に収録された風天・ 渥美清の俳句は、句会での句217、私信3の、合計220句に及んだのである。
巧みな比喩、ユーモア、ペーソス ― 2017/09/04 07:12
そこで風天・渥美清の俳句である。 映画『男はつらいよ』で、寅さんの渥 美清が柴又のとらやの茶の間で、おいちゃん、おばちゃん、さくら、博、満男 にタコ社長という面々を前に、旅でのあれこれを物語る。 これを倍賞千恵子 は渥美没後の『お兄ちゃん』(廣済堂出版)という本に、「山田(洋次)さん が書いて、渥美さんがソロを歌って、私たちはその中で二重唱や三重唱のよう に歌うオペラのような場面です。渥美さんがいい声で歌うアリアを側で聞くの がとても楽しみだったものです」と書いているそうだ。 森英介さんは、風天 俳句もまた、その「渥美清のアリア」ではないかと、ふと思ったという。 多 彩な句の材料、字足らず、字余り、独特の発想、巧みな比喩、ユーモア、ペー ソス、そして全編に漂う哀愁と孤独感。 そんな句を、とりあえず20句選ん でみた。
さくら幸せにナッテオクレヨ寅次郎
村の子がくれた林檎ひとつ旅いそぐ
風が吹くと、おしゃべり女のよう柳
いつだって朝ねしたようひとかわ眼
金魚屋生れた時から煙草くわえたよう
蓋あけたような天で九月かな
はるかぜ口笛よくにあう
ずいぶん待ってバスと落葉いっしょに
夜光虫夜釣の客の軍歌かな
案山子ふるえて風吹きぬける
冬めいてションベンの湯気ほっかりと
ステテコ女物サンダルのひとパチンコよく入る
納豆を食パンでくう二D K
貸しぶとん運ぶ踊子悲しい
鍋もっておでん屋までの月明り
はだにふれとくしたような勝力士
マスクのガーゼずれた女(ひと)や酉の市
行く年しかたないねていよう
乱歩読む窓のガラスに蝸牛
赤とんぼじっとしたまま明日どうする
<渡り鳥なにを話しどこへ行く> ― 2017/09/05 06:59
風天・渥美清の俳句で、私の好きな句を、さらにいくつか。
むきあって同じお茶すするポリと不良
そのはねであの空飛んだか置物の鷹
目貼りしてあとすることもなく風を聞く
好きだからつよくぶつけた雪合戦
雛にぎるように渡すぶどうひと房
梅酒すすめられて坊主ふふくそう
びわの種のこされてふふくそう
ちまき汗かいてまじめそう
名月知っているのか移り変わりを
切干とあぶらげ煮て母じょうぶ
霜ふんでマスクの中で唄うたう
そばあっけなく食って扇風機
青写真きゅうくつそうに男女ノ川(みなのがわ)
鮎塩盛ったまま固くすね
渡り鳥なにを話しどこへ行く
風天・渥美清の俳句には、こんな色っぽい句もある。
やわらかく浴衣着る女(ひと)のび熱かな
うつり香の浴衣まるめてそのままに
蛍消え髪の匂いのなかに居る
団扇にてかるく袖打つ仲となり
汗濡れし乳房覗かせ手渡すラムネ
パイパイにつつまれし夢ハンモック
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