「寅さん」渥美清の俳句を探索ルポした本2017/09/02 07:12

 わざわざ贈って下さった方がいて、森英介著『風天 渥美清のうた』(大空 出版・2008年7月10日初版の2017年6月20日第4刷)を読んだ。 たまた ま新聞に広告が出たので、著者がその間に亡くなっていたことを知る。 2008 (平成20)年は「寅さん」の渥美清生誕80年、十三回忌の年であった。 1996 (平成8)年8月4日に、渥美清が転移性肺がんで亡くなった(68歳)直後、 渥美清、俳号風天の俳句45句が、『アエラ』と『俳句朝日』誌上に出た。 『ア エラ』編集部でやっている遊びの句会に、渥美清が参加していたというのであ る。 最後に詠んだ<お遍路が一列に行く虹の中>は、講談社の『カラー版新 日本大歳時記』や村上護『きょうの一句 名句・秀句365日』にも収録された。  四国徳島県に生まれ、毎日新聞で記者をした森英介さんは俳句好きで、昔の記 者クラブ仲間で『アエラ』の穴吹史士(ふみお)副編集長を皮切りに、その45 句以外にも風天・渥美清の俳句はなかったのか、手がかりをたどって探索を開 始する。 どんな親しい友人にも決して私生活を明かさないことで有名だった 渥美清の俳句に、もしかしたら心の日記、人生の履歴書、私小説、山頭火のい う「俳句ほど作者を離れない文芸はあるまい。一句一句に作者の顔が刻み込ま れてある」かもしれないと考えたからだ。

 穴吹史士さんによれば、アエラ句会は、1990(平成2)年夏に始まり、渥美 清が初めて参加したのは翌1991(平成3)年10月8日で、上記の最後の句を 詠んだのは1994(平成6)年6月6日、この年の12月に肝臓から転移したの か肺にがんが見つかり、2年後に亡くなる。 熱心な会員で、定刻より30分も 前に来て、静かにじっとしているかと思えば、寅さん撮影の間隙を縫い、大船 からタクシーを飛ばしてきたりもした。 寡黙、みんながビールを飲みながら、 がやがややっている隣室の隅の暗がりで、一人壁に向かって想を練っていたり する。 出入りの多かった句会で、開会の時の自己紹介はいつも、「アエラで 会計をやっております渥美と申します」だった。 頭でこねくり回した句には、 「大学出だね。インテリだねぇ」と、絶妙の合いの手を入れた。 アエラ句会 で、日本中のどの句会よりも優れていると誇れるものが、入選作を朗々と読み 上げる風天渥美清の声だった。 どんな駄句も名句に聞こえたそうだ。 句会 が終わると、最寄りの居酒屋に繰り出すことになっていたが、渥美風天は文字 通り風のごとく、みごとに姿を消したという。