入船亭扇遊の「文違い」後半2017/10/05 07:07

 裏梯子を降りて、暗い座敷に、年の頃なら三十二、三、苦み走ったいい男、 目が悪いのか紅絹(もみ)の布(きれ)で時々目をおさえる。 お杉か。 芳 さん、待たせたね、ここに二十両ある、別に二両あるから、美味しい物でも食 べておくれ。 すまねえな。 女房の前だ、礼を言わなくてもいいよ。 医者 が下手をすると、目がつぶれると言うんだ。 内障眼(ナイショウガン)とい って真珠という薬をつけねえと。 今夜のところは、泊まっていってよ。 こ れから医者に行ってすぐに療治をしてもらう、目は一刻(いっとき)を争うん だ。 帰るんだったら、そのお金、上げないよ。 お返し申します、すぐに療 治へ行けというのが人情だろう、泊まらないと金をくれないなんて、冗談が過 ぎる。 持ってっておくれ、謝るから。 俺は、何もお前に謝らせて、お金を もらうような、そんな働きのある者じゃない。 これ、いいんだな。 金どん、 手を取ってあげて。

 お杉が二階の手すりから見ていると、芳次郎が杖をついて十間ほど行くと、 杖を放り出して、待たせてあった駕籠に乗って、四谷を目指し行ってしまう。

 煙草を忘れたよ。 元の部屋へ戻ると、手紙が一つ。 「芳次郎様参る。小 筆より」 はーーい、行きますよ。 いい手だね。 「兄の欲心より、田舎の 大尽に妾に行け、いやならば、五十両よこせとの難題。 旦那に頼み三十両だ けこしらえ候ども、後金二十両に差し支え、ご相談申し上げ候ところ、新宿の 女郎にてお杉とやらを偽り、二十両おこしらえ下さるそろ…」。 はーーい、今、 行きますよ! 畜生、この女にやる金だったんだ。

 何をしてやんでえ、銭を渡したら、戻ってくるがいいじゃないか。 煙草な いか。 抽斗、抽斗と…、手紙が出てきたよ。 「お杉殿。芳じるしより」だ と、半ちゃんといういい男がいるのを知らないな。 「金子(きんす)才覚で きず、ご相談申し上げ候ところ、馴染み客にて日向屋の半七に、親子の縁切り と偽り」、なんだ俺の名前が出て来た。

 お杉か、こっちへ入れよ、そこへ座れ。 てえした女郎だ、見上げたもんだ。  私も虫の居所が悪い、むしゃくしゃしている。 色男があるのは、知ってるん だ。 色女のいるのは、ちゃんと知ってるんだ。 このアマ! ゴツン。 お ぶちだね。 ゴツ、ゴツ、ゴツ。 殺すんなら殺せ!

 誰か、いねえけ! 喜助か、向うの座敷で、えかく叩かれているのはお杉で ねえか。 色男に金をやったの、やんねえのと、いっとるようだが、色男とい うわけではごぜえませんと言って、止めてやれ。 アーッ、ちょっくら待て待 て、そだなことを言ったら、おらが色男だということが、顕(あら)われやし ねえか。