橘家文蔵の「試し酒」前半 ― 2017/10/06 07:21
橘家文蔵、文左衛門改メの襲名披露興行を終えたところで、去年の暮、「子は 鎹」を聴いた。 その時も、「オレンジ色の襦袢の衿が目立つ」と書いていたが、 その筋の人のような頭に濃い顔、金色の羽織に黒い着物、オレンジ色の襦袢の 衿が強面の印象だ。 その強面が、すっかり秋ですね、天高く…、と言う。 酒 は好きですが、一合で赤くなり、二合で呂律が回らなくなる、五合で歩けなく なり…、あといくら飲んでも変らない。 つらいね、二日酔い、当分飲まない よって言っていて、夜が来たら飲む。
先生、私の検査結果は? 肝臓が弱っている、肝硬変から、肝臓癌になるか もしれない。 何で、こうなっちゃったんですか? お酒のせいだね。 よか った、俺のせいじゃなくて。
近江屋さん、いいじゃないですか、ゆっくりなさって。 おもてに供の者、 下男が待っている。 酒の支度がしてある。 実は、医者に酒を止められてる。 大酒飲みが急にやめるとよくないよ。 供の下男が大酒飲みで、ひと時に五升 は飲んだ。 何かの間違いでしょう、本当かい。 女中に呼びにやろう。 田 舎者で、ここに呼ぶようなもんじゃない。
何か、用か。 久造さんかい、お酒が好きなんだってね。 好きでも、嫌い でもない。 五升飲めるかい? 五升と決まったものは、飲んだことがない。 飲んだら、小遣いを上げよう。 おらが負けたら? 何か、歌か踊りでも。 そ んなものは出来ない。 私があなたを料理屋に招待しましょう。 旦那様はど こへ招待するのかね、いくらかかる。 そんなことはいい。 ちょっと、表で 考えごとをしてきていいかね。 いいよ。 主人思いの奉公人じゃないか。
薬缶に酒、大きな盃も。 もし飲んだら、私が近江屋さんを湯河原に招待し ましょう。 盃、これだけが自慢の特注でね。 糸尻に「武蔵野」と銘がある、 広くて、野が見尽せない、飲みつくせないという、一升入りだ。
おら、飲ませてもらうよ。 盥(たらい)か何かあるか。 いけえ盃だなあ。 飲めるかな、これで五杯も。 上げ底になってるんだ。 さっき呼びに来たお 前さんが注いでくれるのか、有難う。 (息もつかずに、時間をかけて飲む) キューーッ、一杯飲んだ。 ゆっくり飲んでいいよ。 今度は、ゆっくり飲み ます、ありがとうござんす。 チュッ、これはうめえ酒だな。 チュッ、おら、 こんな美味い酒を飲んだことがない、旦さま、今度からウチもこれにすべえ。 こないだのは水くさかったよ、冗談だよ、冗談。 お前様、毎日毎晩、こんな 酒を飲んでいたんかい、余程の悪党にちげえねえ、冗談だよ、冗談。 結構な 酒を、はな、こしらえたのは、唐土(もろこし)の儀狄(ぎてき)という人ら しい。 時のミカドに献上したら、喜んだが、すぐに怒り出した。 人を亡ぼ す、国を亡ぼすてんで、殺されたそうで。 こんな結構な物をこしらえて、殺 されちゃあ、間尺に合わない。 たんと飲むから、いけねえ。 久造さんに、 唐土の能書きを聞くとは思わなかったな。
橘家文蔵の「試し酒」後半 ― 2017/10/07 07:10
注いでくだせえ。 聞きしに勝るね、一番好きなのは酒か? 金だ。 金を 貯めて、田畑でも買おうというのかな? 金を貯めて、酒を飲む。
おら、何だか愉快になってきただ。 愉快になってくれて、有難う。 どう 転んでも、おらの勝ちのようだ。 どでえつの一つも出すか、文句だけだが…。 <お酒飲む人花ならつぼみ、今日もさけさけ明日も酒>なんて、うめえことを いうなあ(と、飲み)。 <明けの鐘ごんと鳴る頃三日月形の、櫛が落ちてる四 畳半>、なんの事だか知んねえけども(と、飲む)。 <水に油を落とせば開く、 おとしてつぼまる尻の穴>なんてね(と、飲み)、<酒は米の水、水戸様は丸に 水、意見する奴ァ向う見ず(水)>なんてね、ハッハッハ、(と、陽気に大声に なって、飲み干す)。 注いでくだせえ。 三升、飲んじゃった。
昔、料亭で酒仙会があって、大酒飲みが競争したっていうが、三升、ペロッ と飲んじゃって、勢いが止まらないね。 でも、下駄を履くまでわからない、 よくあるんだよ、蕎麦や饅頭の大食いで、最後に駄目になるのが…。
四升、飲んじゃったよ。 注いでくだせえ、おら酔ったかな、お前の顔が可 愛くなった。 これ一杯か、一気に片付けてやる。 大丈夫だよ、オッ、ハッ ハッ、ゴクッゴクッ、コラコラ! 五杯、飲んだよ、ご苦労さん。 小遣いを やろう。 一つ、聞きたいことがある。 さっき表で考えごとをしたな、まじ ないをしたか、薬草でも飲んだのか、何をしてきた。 ワッハッハ、あれは何 でもねえだよ、おら生れてこのかた五升と決まった酒飲んだことがねえだ。 心 配でなんねえから、表の酒屋へ行って、試しに五升飲んできた。
柳家三三の「五貫裁き」前半 ― 2017/10/08 07:34
三三は鼠色の羽織、濃緑の着物。 年を取ると、若い時見なかったテレビの 時代劇、毎週同じのを安心して見ていられる。 (『水戸黄門』の決めゼリフを 言い、)今日は客層を見て、初代でやってみました。 『遠山の金さん』、桜吹 雪はマンネリだから、季節に合わせて変えたらどうかという意見があったが…。
心配して来てくれたのは、大家さんだけです。 博打場の使いっ走りはやめ て、今度はかたぎになって、八百屋をやろうと思う。 結構じゃないか。 そ こまでは結構だが、長患いで一文無し、元手をいくらか貸して頂きたい。 大 家といえば親も同然、親子なんだから。 親子も、天丼もない、と言ってしま うと、折角のお前の了見が曲がる。 奉加帳を作ってやるから、元手をご寄進 願いますと、頭を下げて回るんだ。 初筆が大事だ、金のある物持の家へ行け。
野郎も、やっと目が覚めたな。 よかった、よかった。 と、思ったら、も う帰って来たぞ。 八公、どうした? 額から血が出てるぞ。 初筆に大金持 の質屋、徳力屋万右衛門の所へ行った。 徳力屋はガリガリ亡者だ、猫につい ている蚤までもらおうとする。 番頭の作兵衛が三文と書いた。 すると、万 右衛門が出て来て、三を消して、一と書いた。 徳力屋には、昔、八五郎の父 親に役人との間を取り持ってもらった恩があるのに…。 八五郎が怒って、一 文の銭を投げつけたら、万右衛門に煙管で額を叩かれた。
面白くなってきたな、婆さん、薬を塗ってやれ。 薬がなければ、ツバキで もいい、年増のツバキは乙なものだ。 願書を書いてやるから、奉行所へ駆っ 込むんだ。 南町奉行所、大岡越前守様のところだ、断わられても、何べんで も持ち込むんだ。 駆っ込み願い、何度も続けると、五度(ごたび)目に、お 調べとなる。
判決、落着(らくじゃく)の言い渡し。 八五郎、おもてを上げろ。 万右 衛門は、私の持ってる煙管に向かって八五郎が頭をぶつけて来た、渡した一文 銭を投げつけた、と言う。 控えよ、ここをいずこと心得る、天下の通用銭を 投げつけるとは、不届きである、八五郎に五貫文の科料金を申付ける。 五貫 文? 五千文、一時(どき)にですか。 但し、一日に一文ずつ納める日掛を 許す。 家主は居るか、仲立ちをしてくれるように。 徳力屋は、関わり合い で、八五郎の日掛の一文を、毎日奉行所に届けてくれるか。 一同、立ちませ い!
納まらないのは、八五郎。 大家! 毎日徳力屋へ持って行く一文は、俺が 出す。 当り前だ。 八公、面白くなってきたな。 えっ?
カラスカアと、鳴かない内に、八公! 開けろ。 日掛の一文を持って、徳力 屋へ行け。 寝ている内に、起すんだ。 一文渡して、半紙にきちんと受取を 書いてもらうんだ。 判も捺してもらえ。 しっかり、やって来い。
真っ暗だ。 ドンドン! はようございます。 番頭さん、八五郎です、日 掛の一文持って来ました。 御奉行所に納める大事な一文、半紙に受取を書い て下さい。 半紙は、一文じゃ買えない。 ちゃんと判も捺して。
柳家三三の「五貫裁き」後半 ― 2017/10/09 06:34
こっちは、お咎め一切なしだ。 あとで店の若い者、誰かに御奉行所に届け させよう。 定次郎という若い者が、御奉行所に行ったが、待てど暮らせど、 お呼びがない。 昼近くに呼び出されて、主人の名代で参りましたと言うと、 万右衛門自身、町役人五人組付き添いの上、届けよと命じられた。 町役人五 人組、只では頼めない、日当がいる。 番頭、今日は御奉行様の顔を立てて、 届けに行くとしよう。 しかし、待てど暮らせど、お呼びがない。 町役人五 人組のこめかみには、ジュンサイのような青筋。 夕方近くに、ようやく呼び 出し。 五貫文の科料金、一括で払えませんか? 駄目だ、明日からも来るよ うに。
一文、持って行け。 昨日より早い。 毎朝、やってる。 八公、起きてた のか。 まだ、寝てねえ。 寝ているものは、起せ。 寝入り鼻だ。 おは、 こんばんは! これ、明日の分、心にかければこそで、御奉行所にお届け頂く 一文です。 「奉行もへちまもあるか」、まだ暗い、家の中に入れてやんねえぞ、 帰って寝ろ、と怒った。 ここで寝よう。 町方巡検の同心が、お前は八五郎 ではないか、何をしておる。 御奉行所に納める大事な一文を、「奉行もへちま もあるか」と、受け取ってくれない。 もう一遍やれ。 何べんやったら、わ かるんだ、「奉行もへちまもあるか」。 どうします、へちまのご家来。 番頭 作兵衛か。 決して、奉行とへちま様を、一緒にすることはありません。 必 ず、受け取るようにしろ。 大家さん、こんなことがありました。 溜飲が下 がった、面白くなってきたな。
あさっての分を、持ってけ。 お馴染みの八五郎でございます。 毎晩やら れて、八日も寝てないよ。 五貫文の五千文を一文ずつだと、十三年かかり、 半紙も五千枚いる、町役人五人組の日当も大変な出費だ。 番頭、十三年寝な いより、まとまった金で示談にしよう。 どう少なくても、十両はいるでしょ う。 十両か。 明日から、安らかな睡眠が約束されます。
八っつあんの家は、ここだったな。 中でイビキが聞こえる。 あの野郎、 昼間は寝てやがって。 八っつあん、開けてくれ、徳力屋だ。 大家の所へ付 き合ってくれ。 大家さんも、グーーッと、寝ている。 何、十両で示談にし てくれだと、八、事の起こりはお前だ、嫌なら首を横に振れ、百両でも、二百 両でも…。 今時、十両の端した金で。 一体いくらお出しすれば、よろしい んでございましょうか。 八五郎は、乞食じゃない。 昔、八五郎の爺さんに 世話になったんだろう、人情に背いているから、こういうことになるんだ。 金 は、屁の役にも立たない。 ゆったり百畳敷きに、眠れるようにしてやろうか、 番頭! グーとでも、言ってみろ。 グー。 徳力屋は、八百屋の元手に二十 両出した。
徳力屋は、施しをする快感に目覚めて、頼って来る者には、小判の五、六両 を渡し、質屋の利息は負け、落語研究会の定連席券をどんどん千枚でも、二千 枚でも配った。
「中秋の名月」前後、月の呼び方 ― 2017/10/10 07:13
「月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」という。 テレビの天 気予報などが、10月4日(水)は「中秋の名月」だといって、騒いでいた。 わ が家でも、それに釣られて空を見て、雲の一部が明るくなっているのがそれだ ろうなどと眺めていた。 しばらくたって、雲の合間に、「中秋の名月」が見え た。 そこで一句、<老夫婦雲の切れ待つ良夜かな>。 家内は、「老夫婦」が 気に入らないと言う。 どこかの家の「老夫婦」を見ているのだ、と言う。 「良 夜」は、『ホトトギス新歳時記』に「秋の月がくまなく照らす夜のこと。いまで はもっぱら名月の夜をいうようになった」とある。 私は、山口青邨の、<人 それ\゛/書を読んでいる良夜かな>という句が好きだ。
陰暦八月十五日の月を、「中秋の名月」という。 旧暦では、秋は七・八・九 月の三か月、八月を「仲(中)秋」という。 俳句の季題では、名月のほか、 明月、望月、満月、今日の月、月今宵、などの傍題がある。 『歳時記』を改 めて見ると、「名月」の近辺に、毎日の月の呼び方がある。 テレビの天気予報 なども、それは言わないし、私も含め名前は聞いたことがあっても、うろ覚え の人が多いようなので、書いておく。
待宵(まつよい) 陰暦八月十四日の月 平成29年10月3日(火)
名月 陰暦八月十五日の月 平成29年10月4日(水)
十六夜(いざよい) 陰暦八月十六日の月 平成29年10月5日(木)
↓ だんだん月の出が遅くなる。
立待月(たちまちづき) 陰暦八月十七日の月 平成29年10月6日(金)
居待月(いちまちづき) 陰暦八月十八日の月 平成29年10月7日(土)
臥待月(ふしまちづき)寝待月 陰暦八月十九日の月 平成29年10月8日(日)
更待月(ふけまちづき) 陰暦八月二十日の月 平成29年10月9日(月) 月の出は、亥の正刻(午後十時)。「二十日亥中(はつかいなか)」ともいう。
宵闇(よいやみ)陰暦八月二十日以降の月 平成29年10月10日(火)以降
二十三夜(にじゅうさんや) 陰暦八月二十三日の月 下弦の月 平成29年10月12日(木)
実は「名月」と「満月」は、天文学的には、ずれる年があって、今年もそう だった。 「名月」は10月4日(水)で、「満月」は10月6日(金)になっ た。 旧暦では「新月を含んだ日」が「朔日」(さくじつ、ついたち)になる。 この条件だと、24時間の内のどこかに月があれば、「朔日」になるから、それ が1日の午前0時の直前だったりすると「新月」から「満月」までの経過日数 は15日の午前0時では13日、15日の24時では14日になる。 経過日数の 最短は13日、最長は15日、平均が14.8日になる。 詳しくは、国立天文台の「名月は必ずしも満月ならず」参照のこと。 http://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C3E6BDA9A4CECCBEB7EEA4C8A4CF2FCCBEB7EEC9ACA4BAA4B7A4E2CBFEB7EEA4CAA4E9A4BA.html
俳句では、「中秋の名月」を待つ心から、陰暦八月初めの月を「初月」(はつ づき)と、この月に限りめでていう。 陰暦八月二日の月は「二日月」、陰暦八 月三日の月を「三日月」という。 「三日月」は、夕暮、西の空にごく細くか かる。 「三日月」の傍題に「新月」があるのは、「二日月」まではほとんど見 ることができないので、初めて西の空に見える「三日月」をいうからである。 天文学上では朔の月を「新月」というが、地上からは見えない。
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