『西洋事情』の衝撃<等々力短信 第1101号 2017.11.25.>2017/11/25 07:10

 平山洋さんから、11月30日刊行の『「福沢諭吉」とは誰か』(ミネルヴァ書 房)をご恵贈頂いた。 静岡県立大学国際関係学部助教、2004年の『福沢諭吉 の真実』(文春新書)で現行版『福澤諭吉全集』収録の「時事新報」無署名社説 から福沢執筆のものを限定し、福沢は侵略的絶対主義者ではなく市民的自由主 義者であることを主張して、福沢研究に一石を投じた。 さらに2008年のミ ネルヴァ日本評伝選『福沢諭吉』では、『西洋事情』がベストセラーとなったの は、幕末の当時、日本の国家体制をどうするべきか考えていた人々にとって、 冒頭で文明政治の六条件を提示した上、西洋諸国の政治体制が詳述されていた からだとした。 新刊書では、第二章「『西洋事情』の衝撃と日本人」で、『西 洋事情』の影響をさらにくわしく述べていることが、私の関心を引いた。

 福沢は慶應2(1866)年10月の『西洋事情』初編で、文明政治の六条件と して、(1)自由の尊重と法律の寛容、(2)信教の自由、(3)科学技術の奨励、 (4)学校、教育制度の整備、(5)法律による安定した政治体制のもとでの産 業振興、(6)福祉の充実と貧民の救済、を挙げた。 アメリカ合衆国の独立宣 言、憲法を全文紹介し、イギリスの憲政史や税制の詳細、国債、紙幣、商人会 社、外交、兵制、新聞、病院等にもふれた。

 平山洋さんは、これが維新前後の思想界に甚大な影響を与えたというのだ。  慶應3年(1867)5月の赤松小三郎(信州上田藩兵学者、薩摩藩兵学教授)「口 上書」から山本覚馬「管見」まで、大政奉還を挟んでの約1年間に書かれた新 体制に向けての提言や、坂本龍馬の「新政府綱領八策」、明治新政府から出され た由利公正ら立案の「五箇条の誓文」や福岡孝悌ら起草の「政体書」といった 重要文書が、ことごとく福沢諭吉の著作、とりわけ『西洋事情』初編の強い影 響を受けていたことを、それぞれ例証する。

 それにも関わらず、なぜ『西洋事情』にもっと高い評価が与えられてこなか ったのか。 平山洋さんは、三点を挙げる。 第一は、明治維新を挟んで活動 した人々にとって、『西洋事情』を読んだ時の衝撃はあまりにも自明で、わざわ ざ表明する必要を感じなかった。 第二は、福沢の明治政府への非協力が、新 政府始動時に彼の与えた影響について言及させにくくしたのではないか。 第 三に、日本憲政史研究における『西洋事情』の完全無視が、現在の研究者の目 を『西洋事情』からそらさせている。

 福沢諭吉が一万円札の顔になった時、私は、地下の福沢さんに聞けば、「人間 当前の仕事をしている者を誉めるなら、先づ隣の豆腐屋から誉めて貰はねばな らぬ」と辞退するに違いない、と書いた。 発行当時の為政者には、福沢の日 本国への貢献に対して、密かな反省の気持があったのかもしれないと思うので ある。

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