辰濃和男著『文章の書き方』2017/12/19 07:16

     「文は心である」 <等々力短信 第668号 1994.4.15.>

 ずばり『文章の書き方』ときた。 この題名には、わけがある。 朝日新聞 の「天声人語」を長くお書きになった辰濃和男さんの、岩波新書新刊の話だ。 類書を見わたせば、『文章読本』『文章作法』『文章心得帖』といった題がついて いる。

 ここ数年、ジャーナリストの先輩たちの文章を調べてきた辰濃さんは「やは り、福沢諭吉の文章がいい、抜群にいい」という。 そして福沢の文章の特徴 として、まず「平明」をあげる。 「わかりやすいからこそ、万人に読まれ、 万人に読まれたからこそ筆が力になった」。 福沢が、漢文調で形式張って書 くことを捨てるとともに、「形式張って考える考え方」そのものから抜け出し たことによって、わかりやすい文章が書けたと、指摘している。 文章は技術 だけではない、心が大切だ、というわけだ。

 辰濃さんはまた、福沢の文章がわかりやすいのは「なんとしてもわかっても らおう」という情熱が、文章にあふれているからだという。 頑迷な人々に近 代文明のすばらしさを理解してもらうためには、平明な文章でなければだめだ という強烈な思いがあった。 「諭吉の文章は、いわば旧弊から脱皮しようと する民衆への恋文だったのです」

 文章が力をもつのは「なんとしても相手に伝えたい情熱」次第ということに なれば、つぎは「相手の立場に立つ」という心の営みが生まれる、と辰濃さん はいう。 読む人の側に立ち、わかってもらおうと、工夫に工夫を重ねる。  それが、わかりやすい文章を書く基本だという。 中野好夫さんは、教室で学 生に「あんたのおばあさんが聞いてもわかるようにちゃんと訳してくれ」とい ったのだそうだ。 私は、「山出(し)の下女をして障子越に聞」かせても、 わかる文章という、福沢の心がけを思い出した。

 辰濃さんの本で同感したのは、福沢の文章についてだけではない。 流れの いい文章は仕上げが大切で、再三、黙読し、ときには小声で読む。 書いたあ と、一日か二日「冷やす」というか、寝かせた方がいい。 均衡(バランス) 感覚を磨くには、文章を書く訓練がいい。 こうした指摘は、長く短信を続け ていて、その通りだと思う。  

 「文は心なのです」と、辰濃さんもいう。 文章には、それを書く人自身の ものの見方、生き方が現われてしまう。 いい文章を書くということは、その 人のすべてをかけた営みである。  人間全体の力が充実しないと「文章の品 格」は出てこない。 そんなことをいわれると、これは、なかなか、たいへん だと思う。