「我々は「本が作った国」に生きている」<等々力短信 第1102号 2017.12.25.>2017/12/25 07:17

 磯田道史さんの『日本史の内幕』(中公新書)に「我々は「本が作った国」に 生きている」という一文がある。 初出は『新朝45』2015年2月号。 日本 の出版文化の充実ぶりは、世界を見渡しても類例がない、それは江戸時代の遺 産といってよく、江戸日本は世界一の「書物の国」で硬軟さまざまな本が流通 していた、と言う。 幕末史は書物で動かされた面があったと、例を挙げる。  頼山陽の『日本外史』や『通義』、武家の興亡や、日本はだれがどのように治め てきたか、歴史を繙きながら、いかにあるべきかを説いている。 これによっ て江戸後期の日本人は、時間のタテ軸による社会の変化のあり様を知った。 清 の思想家・魏源(ぎげん)の『海国図志』、西洋列強が覇を競う世界情勢を克明 に記したもの。 元々は清の国政改革を促そうとした書物だが、これにより日 本人は空間のヨコ軸で、世界で何が起きているかを知った。 阿片戦争に危機 感を募らせていた知識層に読まれ、佐久間象山や吉田松陰は大きな影響を受け た。

 当時の出版文化がすごいのは、江戸、京、大坂などの大都市だけではなく、 各藩、各地域の村々まで書物が行き渡っていたことだ。 武士・神主・僧侶の 家に四書五経が揃っていたのは当り前で、むしろ庶民の家にも多くの書物があ った。 江戸時代に出されたさまざまな本が、職業知識や礼儀作法、健康知識 などのインフラを築いていた。 そこが中国や朝鮮とは決定的に違う。 中国 や朝鮮には高度の儒教文化や漢方医学の体系があったが、科挙の受験者や一部 専門家の知識に留まった。 ところが日本では、仮名交りの木版出版文化で、 本によって女性や庶民へ実学が広がった。 識字率の高い、質の高い労働力の 社会ができあがった。 いわば「本」こそが日本を作ったといってよい。 大 砲が日本を作ったのではない。 すぐに大砲も自動車も自前で作れるようにな ったが、日本人の基礎教養は、長い時間をかけて「本」が作り上げた。 この 点が重要だ。

 日本が植民地にならず独立を守れたのは、単に遠い島国だったからではない。  島国というならフィリピンもスマトラも、みな植民地になっている。 日本が 独立を保ってこられたのは、自らの出版文化を持ち、独自の思想と情報の交流 が行われたからである。 歴史家として言いたい、この社会はその重みをもう 一度かみしめなくてはならない。

 磯田道史さんのこの議論には、まったく同感した。 この4か月の短信に書 いたことは皆、そこに関連している。 8月25日・第1098号「読書と「引き 出す」」、9月25日・第1099号『R.S.ヴィラセニョール』(フィリピン史)、10 月25日・第1100号『文明としての徳川日本』、11月25日・第1101号「『西 洋事情』の衝撃」。

コメント

_ 清宮政宏 ― 2017/12/25 07:49

まさに・・その通り、と言って良いように思います。自分も留学生を何人か受入れ指導してますが、彼らにとっての日本の魅力の1つに出版物の豊富さがあり、政治・経済・文化・他などについて、様々な角度から論じている出版物がある国・地域はそれほどありません

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