柳家権太楼「薮入り」後半2018/02/04 07:45

 へい、どうぞ、お開けになって下さい。 めっきりお寒くなりました。 只 今、帰りました。 その後、お父っつあんも、おっ母さんも、お加減いかがで すか。 達者でよろしかったです。 旦那様はくれぐれもよろしくと申してお りました。 こないだ、吉兵衛さんが来て、お父っつあんの具合が悪いって聞 いたんだけれど、ほかの奉公人の人たちががんばっているから、我慢しました。  吉兵衛さんは、どうしてもって時は電報を打つからって言ってくれて、心配に なったから、私、手紙を書きました。 読んで下さいましたか、お父っつあん …、お父っつあん。 お前さん、何か言いなさい。 待ってくれよ、声が出ね えんだ。 ご多忙のところを、わっしの所へ来てくれて、わっしも、かかあも 元気だ。 手紙、読んだ、読んだ。 お父っつあん、風邪引いてよ。 あの時 ばかりは、40度の熱が三日も四日も続いて、近所の医者に診てもらって、油薬 もらって飲んだら、腹、ピーピージャアージャアーと下してよ、熱は下がらね え。 おっかあが、本所の先生を連れて来た。 子供の頃から掛かっている。  急性肺炎だってんで、大きな辛子の膏薬を貼ってくれたら、もう大丈夫なよう な気がした。 吉兵衛さんが、亀の手紙を持ってきてくれて、顔を一度見たい って、読んだら、涙ボロボロ出て来て、朝起きたら、ケロッと治っていた。 あ れから風邪引いても薬飲まない、お前の手紙を見てる。

 おっかあ、野郎、大きくなったろうね。 お前さんの目の前にいる、自分で 見ればいいじゃないか。 見られないんだよ、目の前が霞んでいるんだ。 し っかりしなよ、男だろ。 見るよ。 おっかあ、動いてる。 立ってみろ。 お ーッ、大きくなったな、俺より大きい。 お前さんが、座ってるからだよ。

 これ、旦那様のお土産、食べて下さいって。 それからこれは、私のお小遣 いで買いました。 (泣いて)ありがとよ。 俺とお前にだ、神棚に上げて、 お長屋の衆にも、ウチの子供のお供物ですって、配って来い。 こないだ、お 店の前を通ったんだ、亀が太った信どんと引っ張り合っていて、声をかけよう かと思ったんだが、里心がつくといけねえ、表通りに駆け出して、大八車にぶ つかってな、気を付けろって怒鳴られた。

 湯へ行って来い、桜湯。 いい着物脱いで、お父うの長半纏に、三尺を締め てけ。 待ちねえ、湯銭だ。 大丈夫だよ。 お前のいい下駄じゃなくて、お っかあの突っ掛けで。 その犬、危ねえ、子供産んでから、気が立ってて、噛 む。 亀のこと憶えているんだな、すり寄ってく。

 もう、帰えってきそうなもんだな。 お小遣い、あげようと思って、亀のが ま口を見たんだ。 五円札が三枚、畳んで入ってた、十五円だよ。 野郎が稼 いだんだ。 店の金を…。 俺の子だ。 十五円、多すぎると思わないかい、 初めての薮入りで十五円。 野郎、やりやがったな。 どういうわけか、お前 さんは口より手が早い、話を聞いてからにしてね。

 座れ。 とてもいいお湯でした。 初めての薮入りで十五円。 がま口を見 たんだね、貧乏人はやることが野暮だ。 何を! 教えて、泣いてちゃあ、わ からない。 番頭さんが、小僧は鼠を捕れ、交番へ持ってけって。 その懸賞 の一等、十五円。 旦那様が預かってくれて、お前の家もいろいろ大変だから と、渡してくれたんだ。 だから、ちゃんと聞いてからって、言ったんだ。 お っ母さんが覗いて、おっ母さんがたきつけた、おっ母さんが悪い。 お前さん、 謝って、亀に謝って。 俺は馬鹿だな、手前えの倅を疑った、情けねえ。 お 父っつあんは、本当は亀が好きなんだよ、急性肺炎の時、覚悟を決めろって言 われてて、息も絶え絶えなのに、亀は大丈夫なのかって、言ってた。 昨日も ね、亀に鰻、天ぷら、食べられっこないのに、中華料理、西洋料理を食べさせ ようって、おっ母さんを寝かせなかった。 三人で、鰻を食べようよ。

 おいら、食いてえものがあった。 おいら、おっ母アの炊いた米に、お父っ つあんのかいたカツ節、卵に醤油かけて。 おっ母アの沢庵も。 香香(孝行) は、二人で味わおう。

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