柳家さん喬の「抜け雀」前半2018/03/10 07:19

 弟子の喬太郎と、一緒に落語研究会に出たことはなかったという。 有難い ことだが、同じような色(くすんだ茶色と草色)の着物になるとは思わなかっ た、喬太郎は相談もしてこないけれど。 私の方は、軽くお聞き流しを…。

 前座の頃は、飛行機に乗れなかった。 師匠(五代目小さん)より三日前に 出て、函館から釧路へ二泊三日、駅に師匠を迎えに行って、顔を見たら涙が出 た。 帯広へ車で行くのに、師匠の方に日が当たる、代わりましょうかと言っ て、後ろの席で師匠と抱き合って代わった、いい思い出。 札幌で、北海道ら しいもの食ってないな、と師匠、蟹でも食べるのかと思っていたら、ピザパイ 屋に入った。 以前は、名古屋でも泊まりで、泊まってきゃあな、となった。  ツァー旅行では、添乗員が出発は3時30分でございますからと、時間を限っ てきちんきちんと移動する、チャップリンの『モダンタイムス』のように、そ れでいて、なぜかお土産屋は2時間、時間があったりする。

 相州小田原の宿に入ってきた、月代(さかやき)伸び放題、薄汚れた紋付の 男に、誰も声をかけない。 一文無しとわかっているようだな。 手前どもに お泊りいただけますか、と相模屋。 酒を飲むが、前金で百両も預けておくか。  お立ちになる時で、結構です。 案内せよ。

 お前さん、こっちへ来い! おかしいよ、二階の客、泊まって七日、酒三升 ずつ飲んで。 前金で百両預けるかというんで、お立ちになる時で結構って、 言っちゃったんだ。 酒代だけでももらっておいでよ、酒屋が現金取引なので と言って、五両もらったらどうだい。

 主(あるじ)か、酒、持って来い。 今までの酒代だけでも、払っていただ けると有難いんですが。 いかほどだ。 五両。 大きい方がいいか、小さい 方がいいか。 どちらでも。 大きい方は生憎ない、小さい方もない。 では、 中は? 大中小とない、ハハハハハ、一文無しの空っ穴だ。 あなた、お泊り の時、前金で百両も預けるか、とおっしゃった。 百両も置いたら、さぞ気分 がよかろうと思ってな。 一文無しだって言ったら、泊めたか? 泊めない。  どうするんです、あなたご商売は? 絵師、絵描きだ、狩野派の。 大工、左 官なら、家の普請や修理をしてもらえるんだが…。 いいことに気付いた、紙 はないか。 その衝立は何だ? 前に泊った江戸の経師屋がやはり一文無しで、 宿代の代りにつくった。 いいから、持って来い。 よい仕事をしておる、さ すがに一文無しで、旅をしているだけのことはある。 宿代の代りに絵を描い てやる。 けっこうです、あれは売り物で。 硯を持って来い!

あの絵師、なんで俺が大きな声に弱いって、知っているんだろ。 硯といえ ば水、間抜け、水を入れないで持って来る奴があるか。 どうせ間抜けです、 一文無しを泊めた。 貴様が墨を磨れ。 貴様が磨って、俺が絵を描く、それ が道理だ。 何だ、人を顎で使って。 いいから磨れ。 いい匂いがしますね。  鼻だけは人間らしいな。 取り出した筆に、墨をたっぷりつけると、息を飲ん で、一気に描き切った。 出来た、出来た!

主、どうだ、見ろ。 だから、描いちゃあいけないって、言ったんです。 何 ですか、これは? 雀だ。 言われりゃあ、雀だ。 五羽だ、一羽一両。 表 の鶏屋では、こんなに大きな軍鶏が買える。 類焼の類は致し方ないが、売却 はいかんぞ、衝立を預けておく。 下でパアパア言っているのは、誰だ? 家 のかかあで。 ひどいものと一緒になったな。 私は必ず戻る。 それまでに 客あしらいがよくなるように、しておけ。

お前さん、どうしたい? 私の言った通り、お金、預かったのかい。 言っ た、言った。 大中小とない、一文無しだった。 アハハハ、汚いなりをして いたからね。 絵描きで、経師屋の衝立が気に入った。 うーーん、あれは売 り物だよ。 宿代の形(かた)に、衝立に雀の絵を描いた。 五羽で、五両、 ごめんと出て行った。 馬鹿ァーー、私は知らないよ、もう寝るよ、お前さん 一人で働いておくれ。