柳家さん喬の「抜け雀」後半2018/03/11 06:56

 明くる朝、主が二階の部屋を掃除しようと、雨戸を開けると、足元から何か 飛び出した。 雀だ。 昨日、閉じ込めちゃったのか、壁に穴が開いているの か。 何羽いるんだ、可愛らしいな。 五羽だ。 五羽、まさか、あれっ、昨 日は確かにいたんだが、まさか。 すると、外で遊んでいた五羽の雀が、舞い 戻ってきて、衝立の中に、ピターーッ、ピターーッと納まった。

 おっかあ、大変だ。 鳥の形で、パタパタ、パタパタ、チュチュ、チュチュ、 雀が抜けた。 馬鹿、抜けているのは、お前の頭だ。 信じないので、心やす い友達をむりやり引っ張って来て、雨戸を開ける。 雀が飛び出して、外で遊 び、やがて舞い戻ってきて、衝立の中に、ピターーッ、ピターーッと納まる。

 それが評判になって、大勢の泊り客が押し掛ける。 大久保加賀守様が、千 両で譲り受けたいと。 旅の絵師から、宿代の形に預かったもので、お売りで きない。 その者が戻った際は、城内に沙汰をせよ。 (おかみさん)私もあ の客が泊まった時から、どこか見どころがあると思っていたんだよ。

 ある日、人品いやしからぬご老体が、私と供の二人、泊めてもらいたい。 建 て増ししたんですが、泊められない。 相部屋でもかまわん。 大勢の泊り客 が待つ間を、老人が割って入る。 雨戸を開けます。 雀がチュンチュンと出 て行って、絵の中に戻った。 感嘆の声。 かの老人、身じろぎもせず見入っ ている。 名人でしょう。 そうかのう、私が見たところでは、素人にちと毛 が生えた位のところかな。 雀が生きて抜け出る絵を描いた人が、素人に毛が 生えた位なんでしょうか。 のう主、名人上手はいくらでもいる、上手の手か ら水が漏れる、多少のことは許してもらえるが、この絵には抜かりがある。 休 む所が描いてない、雀はやがて疲れて落ちて死ぬ。 どうすればよいので? 休 む所を描いてやればよい。 落ちて死んでは気の毒だ、私が何か描いてやろう か。 駄目です。 私が描くか、雀が死ぬか。 端の方へ描いてくれますか。  硯を持って来てないが、そこに墨を出しておいた。 磨りなさい。 いい匂い ですね。 鼻だけは人間らしいな。 よく言われます。

 私が「よし」と言ったら、雨戸を開けなさい。 「よし、開けろ」。 朝日が 射し込んで来る。 雀が飛び出す。 老人は息を詰めると、一気に描いた。 お 爺さん、何で真ん中に描いたの! 鳥籠が描かれていて、外に出ていた雀が、 吸い込まれるように、その中に入って、止まり木に止まった。

 この雀を描いたのは、年の頃なら二十七、八、色の浅黒い、がっしりした体 格の男であろう。 あの者なら、これぐらいは描くだろうが、いつまでも抜か りがある。 名を言わずとも、絵を見ればわかる。 その噂がまた広まって、 ご城主は二千両の値をつけた。

 主、久し振りだな、ワシだ、ワシだ。 鷲田さんですか…、アア、あなた、 紋付なんか着ているからわからなくて、刀なんか差して…、お雀様もお達者で す。 殿様が千両でお買い上げになると。 売ったな。 売ってません、預け ておくと言ったじゃないですか。 借金の形だ、処分しようが、文句のつけよ うがない。 そうか有難う、あの絵はお前にやるよ。 そうなると、二千両に なる。 ご老体がお泊りになりまして、絵に抜かりがあるとおっしゃって、籠 を描いて下さった。 しまった、気がつかなかった。 見せよ、間違いない。  長々ご無沙汰を致しました、親不孝の段、お許し下さい、ご教示有難う存じま した、まだまだ修業が足りず、お恥ずかしき限りでございます。 泣いている んですか。 主、私の父だ。 お父様でしたか。 父に逆らうことが、父より 秀でていると思って、酒、女、博打…、勘当になった。 この度は、詫びが叶 って、勘当を許されての旅だ。 お父上はお帰りの時、嬉しそうなお顔をなさ っていました、親孝行ですよ。 いや私は不孝者だ、親を駕籠かきにした。