古今亭志ん輔の「宗珉の滝」前半2018/04/03 07:15

 弥生町! と、声がかかる。 近頃、テレビで「何とか女子」と言う。 相撲 女子、歴史女子、武将女子。 詳しいんで。 あれは女子だからいい、男子だ とオタク。 町おこしで、武将をイケメンがやったりするけれど、あんな顔じ ゃなかったんじゃないか、真田幸村、織田信長とか。 四谷に刀剣博物館とい うのがあって、両国に引っ越した。 詳しい女子がいる、波線がない一派がい るとか、この一派はどうだとか、波が難しい。 刃物は怖いけれど、装飾を見 に行った。

 刀と太刀は違うそうだ。 山型に反っているのが刀、谷型が太刀。 騎馬戦 で抜きやすいのが太刀。 地上で帯に差して抜きやすいのが刀、みたいなこと になる。 装飾がきれい、鮫の皮や組紐を使ったり、目貫(めぬき)という柄 (つか)の側面につける飾り金物を、いろいろと塩梅している。 戦わない、 儀式に出る時に差すもので、凝る、贅を尽くす。

 金工職人、腰元彫りの名人、横谷宗珉の弟子、宗次郎が破門されて三年、紀 州は熊野権現前の旅籠、湯浅屋に泊まっている。 主人が自分で挨拶に出る。  江戸の方だそうで。 ここが気に入った、もうちょっといようと思う。 酒を 飲んでゴロゴロしていないで、どこか見物でもしたら、いかがで。 折角だけ ど、いいや。 花より団子、懐が寂しいのだ。 どう寂しいんで? 世の中に これほどはないというほど、寂しい。 宿賃は払えますか? そう思うかい。  思いたい。 人を見る目で、のし上がって来たようだな、でも河童の川流れ、 百足も転ぶということがある。 落ち着いてるね、開き直りですか。

 十日、経っちゃった。 商売は何です? 居職じゃないのか、手を見せて。 金 物を扱う、腰元彫りだ、コツコツ細工をする。 見たいね、何か持ってるかい。  小柄(こづか)、虎が彫ってある。 何で死んだ虎を彫ったんだ、死んでるね。  そう言ったのは、ウチの師匠の宗珉と旦那の二人だけだ。 その虎を彫ったか ら破門された。 虎は百獣の王だ、教え甲斐がない。 生きている虎を彫れ

るようになったら、帰って来い、と。 奈良の瑞厳師匠に教えてもらおうとし たけれど、七十いくつで亡くなっていた。 食うには困らない、仲間の所へ行 けば仕事はあるが、仕事が荒れる。 旦那にお願いしたいことが起き上がった。  俺の師匠になってくれないかい。 虎が死んでると言ったのは、師匠の宗珉と 旦那の二人っきりだ。 何んでも言って下さい、旦那が気に入るものが彫れる ようになったら、帰れるから。 手を上げてくれ、弱ったね、はい分かりまし たって引き受けるけど、私は素人で、お前さんは玄人だ。 下に六畳二間があ る、それを使ってくれ。 妙な師弟が出来上がった。

 横谷宗珉、「錦明竹」という噺に出て来る。 それに気が付いた時、がっかり した。 私は「錦明竹」をやらないんで…。 「ちょっと、ごめんやす。わて 京橋中橋の加賀屋佐吉方から参じました。 先だって仲買の弥市を以て取次ぎ ました道具七品、祐乗宗乗光乗三作の三所物、刀身は備前長船の住則光、横谷 宗珉四分一拵小柄付の脇差、柄前は埋れ木じゃと言うてでございましたが、あ りゃあたがやさん(鉄刀木)で木ィが違うて居りますさかい、ちょっとお断り 申し上げます。」 ここんとこですよ。 三所物(みところもの)というのは、 刀剣の付属品である目貫(めぬき)、笄(こうがい)、小柄(こづか)の三種。  目貫は、刀剣の柄の側面につける飾り金物、穴が二つ空いていて、刀身を固定 させる目釘の鋲頭や座の飾りとする。 笄は、刀の鞘の差し表に挿む箆(へら) に似たもの。 四分一拵小柄付の脇差という、小柄は、刀の鞘の鯉口の部分に さしそえる小刀(こがたな)の柄、また、その小刀。 四分一は朧銀(ろうぎ ん)、銅三に銀一の合金。

 物が金属だから、彫っていて失敗したら、どうすんのか? 最初から、やり 直す。 鈑金やパテで埋めるなんてことはしない。 やぁーーでしょう。 だ から、奴さん、大変、何日も何日も彫っている。 ウサギだ、生きているな、 だが何か気に入らない。 可愛い。 いけない、可愛いを、頭に置いて作った ところが、あざとくなる。 何十日もかかって作ったものを、壊して、また何 十日も。 よくなったね、こまかく震えているようで、可愛い。 でも、目が 死んじゃった。 だんだん、旦那の目に叶うようになってきた。