「海老床地図」「安政年代 駒込周辺之図」を読む2018/04/13 07:24

海老床地図

 川口政利さんの「六義園の水の出入りと海老床地図」の舞台は、JRと東京メ トロの駒込駅から、本郷通りを南北線に沿って、六義園→富士神社→吉祥寺→ 東京メトロ本駒込駅に至る地域である。 本郷通りは本郷追分を起点とする岩 槻街道(日光御成街道)だ。 平成27(2015)年に文京区の有形文化財に指 定され、教育委員会によって調査報告書が出された「海老床地図」というもの がある。

 富士神社近く(今も子孫の方がお住まいで、後でその前を通った)の、江戸 時代の髪結床の系譜を引く理髪店「海老床」の十代目店主嶋村八十八氏が明治 42(1909)年頃、東京名所図絵の内、駒込冨士浅間と神明宮付近の絵図を父・ 文治郎に見せて、詳細に聞いた話を、絵図に書き加えて下書きし、その後、時 代を安政年間(1854年~1860年)に設定し、浄書したものだ。

 「海老床地図」「安政年代 駒込周辺之図(その一)」のコピーを頂いた。 こ れがとても面白い。 左端の圓通寺付近から、右端の浅嘉町二丁目(現在の本 駒込1丁目)までの、日光御成街道沿いの商店や寺社などの情報が、絵と文字 で描かれている。 まず、どんな店があるか。 絵図下側の圓通寺の並びには、 居酒や、そばや、わらや、たびや みのや、幣(?)や、こま物や、棒(?)や、 げたや、無職ナレ共字名(あだな)紙や、植木やカクさん、やおや。 その隣 に「町内・木戸」があり、町内・自身番がいる。 「町内・木戸ノ事」という 註があって、「これは火事其他非常ノ時ニ閉るもので是を乗りこえて通る者ハ関 所破リト同罪ニ處せられるとなり。」 駄菓子にやき芋、髪ゆい床(佐右ヱ門)、 麻うらや、あら物や字名甘酒や、とうふや、医者わたなべ、花や、かじや字名 カジ勝、植木用鋏「俗ニなんばんと云フ」、だんごや 虎ヤ。 次の、養昌寺の 手前に、「紙くずの立場 字名 カミ金」があり、「有名なスリの親分仕立ヤ銀次 ハ若い時この紙キンの家に居た。」と面白いことが書いてある。 脱線するが、 私はテレビでプロ野球を見ていて、楽天の銀次が出る度に「仕立屋銀次」、江川 が解説すると「江川太郎左衛門」と、決まり文句を言う。

 絵図上側の吉祥寺の並びには、河越様ノ浪人内山某、筆墨商山田ヤ、かざり や、カゴヤの裏に長屋の屋根が描かれ「この長屋に甘酒ヤ喜太郎と云ふ親孝行 者有リテ御奉行よりごほうびを貰ひしと成り」とある。 吉祥寺の墓場に面し て、「嘉平次さんの椎ノ木山」があり、「此ノしひノ木林の中で時々バクチ(長 半)が開かれ其時は清水ヤノ杉山わきの小道の立木ニ「熊坂道」ト記した張紙 があり」とあるが、熊坂長範(長半=丁半)のシャレだ。 落語の「孝行糖」 や「へっつい幽霊」の世界である。

 日光御成街道、将軍様がお通りになる。 全文がないので労役か土下座のお 迎え義務か事情がはっきりしないが、ある家が表戸を閉ざして「貸家」の札を 貼って、家中で浅草の観音様へ遊びに行った。 将軍様お通りの時になって、 その「貸家」の中で鶏が鳴くので、役人が裏手に回ってみると、裏はがら明き、 鶏が何羽も遊んでいた。 早速家主が呼び出されて、大叱られに叱られるとい う珍談もあった、と記されている。