入船亭扇遊の「不動坊火焔」後半2018/05/08 07:13

 こんばんは。 不動坊火焔が死んで、デコボコ大家の世話で、お滝さんが吉 公のところに嫁入りするそうだ。 三人ともみんな、お滝さんに言い寄って、 物差しで引っ叩かれた仲だ。 吉公の奴、湯屋で俺達の悪口を言ってやがった ぞ。 鍛治屋の鉄さんは色が黒くて表裏がわからない、披露目屋の万さんはチ ャラ万さんホラ万さんと言われてる、漉き返し屋の徳さんはちり紙に目鼻をつ けたようだ、と。 俺が筋書きを考えた、あいつの家に、不動坊火焔の幽霊を 出す。 出てくれるかね。 万年前座の噺家がいるんだ。

 どーも、今日はお仕事をいただきまして。 幽霊になって、出てもらいたい んだ、長屋の引き窓から。 セリフは、「四十九日もすまぬのに、嫁入りすると は、うらめしい」だ。 お茶の子さいさい、で。 焼酎火がいる、竹に布をま いてアルコールを浸せばいい。 それに薄どろの太鼓だが、万さんのチンドン 屋の太鼓がある。 土間の隅に瓶があるから、アルコールを買って来てくれ。  これは口止め料だ。 大丈夫です、噺家は口が固くないと生きていけない。 ウ チで衣装を着てきます。

 衣装、引きずってるけど、大丈夫かい。 鉄さん、早くしろ、ちょうどいい ところだ、今、大家が帰った。 幽霊を上げよう、気を付けて。 鉄さん、い いよ。 万さんが、まだ来てねえ。 まだ間があるよ。 来たよ、チンドン屋 の恰好、そっくりしてきた、傘差して。 折角ですから。 太鼓抱えて、後ろ 向きに、梯子を上がれ。 「越後屋大売り出し」と書いてある。 頼むよ。

 幽霊下がるのに、紐をお願いしましょう、胸のあたりに。 焼酎火を。 瓶 に買ってきたよ。 重てえな、こんなにはいらない。 マッチ擦って、アッチ ッチ! 万さん、これ出ねえけど。 逆さにして、棒、突っ込んで掻き出す。  何、買ったんだ。 アンコロ買ってきた、町内になくて、隣町で。 アルコー ルだぞ。 菓子屋の親父も不思議がってた、瓶を持ってアンコロ買いに来たの、 初めてだって。 アンコロに火がつくか。 食い過ぎると、胸が焼ける。 馬 鹿野郎。 お前、そんなに偉えのか。 大きな声出して、下に聞こえるぞ。 焼 酎火なしで、やろう。

 紐を、頼むよ。 どうだ、こんなところで。 もう少し、下。 へっついに 足が届く。 万さん、薄どろの太鼓だ。 チンチンドンドン、チンドンドン。

 何だか、台所がやかましい。 何だ、お前は? 何でしたっけ? 「不動坊 火焔の幽霊だ」。 何で今頃、出てきやがったんだ。 何でしたっけ? 「四十 九日もすまぬのに、嫁入りするとは、うらやましい……、うらめしい」。 借金 を残しやがって、俺がそっくり払ってやろうってんだ、うらまれる筋はない。  そうなんですか、すみません。 いくらあれば、浮かばれるんだ? 十円札一 枚あれば浮かばれる。 ほら持ってけ。 へっついの隅に載せて下さい、足で 掻き寄せるから。 幽霊なのに、足があるのか。 では末永く、夫婦仲よく。  お前、十円やったのに、まだ浮かばれねえのか。 いえ、宙にぶら下がってお ります。