「関口芭蕉庵」とモミジの花2018/05/19 05:52

 「肥後細川庭園」は地形の変化を巧みに利用して、台地を山として、立体的 な眺望を持つ。 回遊式泉水庭園の池には、「やり水形式」(平安貴族の寝殿造 りの細流)というのだそうだが、台地の湧き水を取り入れている。 もともと この辺りは、水と縁の深い土地で、神田川の大滝橋から飯田橋付近までの区間 は、「江戸川」と呼ばれていた。 関口には、その地名の由来となった大洗堰(お おあらいぜき)と呼ばれる、水をせき止めて江戸の水道「神田上水」につない だ堰があり、江戸の水の手として重要な場所だった。 階段を登って、猫を捨 てるな、餌をやるな等と書いてある「水神社」を(別に「関口水神社」が関口 フランスパン本店の敷地内にあるらしいが…)見て、いよいよ「関口芭蕉庵」 へ行った。 

江戸の水道と松尾芭蕉<小人閑居日記 2018.4.11.>

http://kbaba.asablo.jp/blog/2018/04/11/

 に書いたように、  俳人松尾芭蕉は、伊賀の藤堂家の家臣だった頃、34歳の延宝5(1677)年か ら延宝8(1680)年までの4年間、請け負った神田上水の改修工事の監督をし て、この地にあった「竜隠庵(りゅうげあん)」という水番屋に居住していた。  広重の「名所江戸百景」にもある「関口芭蕉庵」と呼ばれる史跡になっていて、 戦災などで焼失したものの、現在は復元され、池や庭園は鬱蒼としているが、 かつての風情を留めているのだそうだ。 句会の出来そうな椅子テーブルの部 屋もある。 <古池や蛙飛び込む水の音>の句碑もあった。 神田川沿いの、 塀に沿ってバショウも植えられていた。 家内が、珍しいものを見つけた。 モ ミジに花が咲いているのだ。 家に帰って調べると、モミジは、4月に花を咲 かせ、実もなるのだそうだ。 ぜんぜん知らなかった。 「関口芭蕉庵」を訪 れた、さらに言えば、俳聖松尾芭蕉翁の恵みである。