落語研究会600回、桂やまとの「武助馬」2018/07/01 07:19

 6月25日、TBS落語研究会は、ついに記念すべき第600回、50周年を迎え た。 友人が定連席カードを忘れたので、それを伝えるついでに、運営事務局 長の廣中信行さんに、私は第1回から通っていると話した。 そういう人がい るんじゃないかと思ってはいたが、初めの頃のは手書きの記録しかないのだ、 と言う。 毎度書くが、ともかく、ずっと健康で、自由な時間のあったことに 感謝せねばなるまい。 第600回に相応しい、独演会の切符が取れないような 顏ぶれが揃った。

「武助馬」     桂 やまと

「かぼちゃ屋」   春風亭 一之輔

「居残り佐平次」  古今亭 志ん輔

        仲入

「夏どろ」     柳家 三三

「妾馬」      柳亭 市馬

 桂やまと、真打昇進一年前で桂才紫だった2013年3月28日の第537回に、 「武助馬」を演っていたのを、私は知っている。 落語研究会では、高座返し や笛を吹いてきたという。 電話があった、6月25日空いてるか、第600回 記念の会がある、但し、みんな真打なので最初に出てもらいたいのだが…。 も う一つ、先輩だけど、一之輔さんの前に出てくれるか。 開口一番でも落語研 究会に出られるだけで幸せ、落語が好きで好きでしょうがない定連のお客様と の一体感がある。

 江戸は芝居が盛ん、役者になりたいと三年前に奉公を辞めた武助が、旦那の ところに挨拶に来る。 芸能のもと、上方で役者になった。 片岡仁左衛門の 弟子で、土左衛門、すぐに『菅原伝授手習鑑』の牛、『先代萩』の鼠、『和藤内』 の虎、『忠臣蔵』の猪をやった。 人の役は? 「用はない、次に下れ」と、言 われて、「ハ、ハア」と言う役。 上方の水が合わないってんで、江戸に戻って、 中村勘三郎の向うを張る中村堪袋の弟子になった。 頭陀袋はどうだといわれ たが、頭陀袋はどうもいただけない。 九蔵は空いてるが…、それよりはと本 名を選んで中村武助になった。

 おとといから、隣町で小屋掛けして、『一谷嫩(いちのたにふたば)軍記』を かけている。 熊谷直実と平敦盛の一騎打ち。 直実か? 直実は親方の堪袋。  敦盛か? 敦盛は兄弟子、もっと下。 軍兵か? もっと下、張子の馬の脚。  前脚か? 後ろ脚をやっている、横棒につかまって、前脚について行けばいい。  観に行かなくっちゃあ、明日、明後日は用がある、明々後日(しあさって)は どうだ。 一座はあると思います。 差し入れ、何がいい、言ってごらん? 小 判。 それは駄目だ、何かするよ。

 人のいい旦那で、いろんな人に声をかける。 酒、肴、弁当を誂え、小遣い も付けると言って、三十人を動員して総見、楽屋にも鰻弁当を差し入れる。 武 助の評判は鰻登り、日本一の馬の脚だ。

 開演時間なのに、前脚の兄弟子がいない。 赤い顔して、出て行ったよ。 裏 で、日向ぼっこして、寝てる。 兄弟子、起きて下さい、池袋さん。 次は、 目白! 鰻弁当、ご馳走様、三人前食べた。 客は三十人の総見。 白い馬に 乗って、敦盛登場(「元禄花見踊り」の三味線が鳴る)。 袖に熊谷直実、馬上 の人、親方の堪袋が鰻弁当を五人前食って重くなったからたまらない。 三人 前食って酒を飲んだ前脚役の池袋、馬が虎になっちゃあいけない、下っ腹に力 を入れた。 プッ、プッ、と馬の中でオナラを二発。 臭い、臭い! 二発ぐ らいで驚くな、奥州には八戸がある。 熊谷直実、なりきっている。 客席で は、誰も観ていない、酒、肴、弁当にかかりっきり。 「待ってました、ウシ ロアシー、たっぷり!」「前脚に負けんな!」の声がかかって、武助はピョンピ ョン跳ねる。 堪袋の直実が、馬の首にしがみつく。 張子の馬の首がボキー ッと折れて、親方は頭から落馬、中から兄弟子の顔が出て、馬が丸顔になった。  見ろ、馬が挨拶しているよ。 慌てて幕を締めたのを、前の客が引っ張って、 幕が落ちた。 書割が倒れて、寄っかかっていた裏の家の塀も一緒に倒れた。 間の悪いことに、裏の家の庭でおかみさんが行水をつかっていた。 くるっと 振り返って、アレーッ、と立ち上がる。 「たっぷり!たっぷり!」「馬鹿野郎、 真面目にやれーッ」。 当たりに当たったのかと、馬の腹から顔を出した武助「ヒ ヒーン」と鳴いた。 「何で後ろ脚が鳴くんだ」とつっこまれ、「いいんです、 さっきは前脚がオナラをしましたから」

春風亭一之輔の「かぼちゃ屋」2018/07/02 07:07

 紫の羽織に、枯草色の着物の一之輔、ホール落語だと、ジェツト機や光進丸 が買えるほど莫大なものを頂ける。 学校公演だと、そうはいかない、今日も やって来た。 与太郎は、忖度しない人。 カトリックの学校、真後ろに十字 架があり、キリスト様が苦しそうな顔をしている。 アーーア、と言ったら、 先生が外しますか。 駄目ですね。 死体ですもんね、やりにくいですか。 思 ったことを、口からパッと言っちゃう。 ウチのガキ、ウルトラマンの人形が 欲しいと、4年生。 三月ほど、ぐらついている乳歯が抜けたらな。 自分で、 パッと抜く、血が出ている。 落語研究会600回、1000回まであと33年かか る、今40歳、73歳でトリが取れればいい。 この状態が与太郎、意に介しな い。

 与太郎、何か用か。 呼ばれたから来た。 ハタチにもなって、ぶらぶらし ていて。 それは、あなたの主観だ。 お袋が来て、こぼしていた、泣いてた ぞ。 目が悪いのかな、あたいは女を泣かしたか。 お袋だよ。 この道ばか りは……。 色気違いか。 おじさんの商売は八百屋だ、死んだお前の父さん もいい八百屋だった。 物を売って来い。 その色気に満ち満ちた、腰巻かな んか、売るのか。 かぼちゃを、売ってこい。 色っぽくないな。 ザル二つ、 大が10、小が10、20入ってる。 大が13銭、小が12銭、上を見て売れ。 い と易きことだ。 日陰を選って、裏通りを行きな。 売り声は、大きな声で、 はっきりと。 半纏、腹掛け、股引だ、財布を首から下げ、腹掛けのどんぶり にねじ込め。 軽いや。 テンビン棒だけ、かつぐな。 ハタチ、若いんだ、 腰でかつげ。 腰を切るんだ。 何で台所へ行くんだ。 庖丁を取りに行く、 切るんだろ。 客に何を言われても、逆らうな。

 重いな。 日本は豊かだっていうけど嘘だ、いまだにこんなもん食う奴がい る。 作る奴と買う奴がいて、間の悪いのは、間に入って売らなきゃならない 奴だ。 売れないな。 何も言わないからか。 おじさんは教えなかったな、 おじさんがあそこどまりの由縁か。 かぼちゃか、かぼちゃ、かぼちゃ、かぼ ちゃ! みんな、あたいを遠巻きに見てる。 歩きやすい。 かぼちゃ! 子 供が泣いてる。 おじさん、かぼちゃ! 唐茄子だろ、唐茄子屋でござい、っ て言うんだ。 唐茄子屋でござい! 売れないよ。 そうすぐには売れないよ、 調子よく、高い調子で歌うような調子で。 おじさん、買ってくれよ。 湯へ 行くんだ。 持ってけ、湯にヘチマ持って行く人がいるじゃないか。

 唐茄子屋でござい! 温かい唐茄子! 出来立ての唐茄子! 狭い路地だな、 行き止まりで、前が蔵だ。 曲がれなくなっちゃった。 弁当持って来てない、 死んじゃうよ。 蔵、どかせ! 助けて! 何を騒いでいるんだ、例えば、荷 を下ろして、お前が回ったらどうだ。 回った。 格子がキズだらけだ、張り 倒すぞ。 平気だ、好きなだけやれ。 勘弁してやる、きれいな目をしている な。 かぼちゃ、新しいのか? 河岸でピチピチ跳ねていた、取れたてだ。 ど このだ。 本場はペルーだ。 いくらだ。 大きいのは13銭、小さいのが12 銭。 安いな、二つずつくれ、はい50銭。 源ちゃん、かぼちゃ、買ってや れ。 大きいのは13銭、小さいのは12銭。 親方、ここ頼むよ。 長い物に は巻かれろって、いうからな。 (与太郎は、手を広げて、空を見ている。) 大 きいのは13銭、小さいのは12銭。 はい、持ってけ。 上を見てると、アー ーア、暑い。 何で俺が売るんだ、俺も出過ぎたことをするなあ。 みんな売 れた、お足、持ってけ。 真面目にやっていると、いいことがあるよ。 あり がとうぐらい言え。 どういたしまして。

 おじさん。 もう帰ったのか。 売り切れました。 婆さん、与太郎が初商 いで、荷を空にしたよ。 売り溜めを出せ。 お前、偉いな、ちゃんと、元と 儲けを別にしてきたな。 これは元だ、上を見たんだろ、見たのを出せ。 (目 をパチパチ、ショボショボさせる) ずっと上を見てた、抜けるような青空、 かなたには入道雲、燕がくるりと輪を描いた、そんな昼下がり、与太郎。 み つを、みたいだな。 上を見るってのは、12銭を14銭、13銭を15銭と掛け 値するんだ、2銭ずつ儲ける、そうじゃないと女房子が養えない。 お前は何 で飯を食うんだ。 箸と茶碗で、インド人は手で食う。 婆さん、何を笑って んだ。 ハタチになりやがって、それだ。 こんなハタチに誰がした。 おば さんには、評判がいい。 もう一度、行って来い。

 この路地だ、傷だらけの格子がある。 唐茄子屋でござい! また、来たの か。 忘れないよ。 おじさんに掛け値しろって言われた、2銭ずつ儲けなき ゃいけなかった、知らないで買う奴は馬鹿だ。 読めてきたぞ、お前、おめで たいんだ、歳はいくつだ。 今年、還暦だ。 60ってことは、ないだろう。 元 は20で、40は掛け値、掛け値しないと女房子が養えない。

古今亭志ん輔の「居残り佐平次」前半2018/07/03 02:44

 志ん輔は緑色の羽織、草色の着物、この噺の下げ、みんな、大きな声でコソ コソ言う。 下げ、変えるのもいる。 でも、変えると、浮き立つ。 何の気 なしに調べたら、「辞書」にある、「辞書」に載ってました。 「おこわ【御強】」、 「赤飯」のほかに、「人をだますこと」とある。 お客様と噺家の、両者の度量 なんか関係ない、別に粋がった言葉の使い方じゃない。 恰好の悪い騙し方な んか、止めろと思う、振り込め詐欺。 馬鹿じゃないの、「お母さん」て、上司 だの、警察だのが出て、喋る。 どうやってるのか、ちょっと、覗いてみたい 気持もある。

 アサダ二世という手品の先生、見るからにいかがわしい。 池袋演芸場の前 の交番で、20回以上、職質(職務質問)された。 いい加減にしろ、って言っ た。 顔、知っているんです、でも、職質したくなる、職業病です。 じゃあ、 仕方がない。 

 舞踊家の家元のところに、ビデオ撮りませんか、友達に男爵がいて金を出し てくれる、と言ってきた。 ちょっと、いかがわしい、詐欺師か。 男爵を紹 介してもらうと、本物ぽい。 ビデオをお弟子さん達に売ればいい。 男爵が おやんなさい、と言い、スタジオ、カメラ、カメラマン、が段取されて、踊る。  ビデオは、売れに、売れる。 手を広げた。 その男は、三千万円の支度金を 持って、逃げた。 だが、ビデオは、いまだに売れている。 誰も、泣いてい ない。 三方、喜ぶ。 こういう詐欺師に、私はなりたい。

 冗談じゃないよ。 兄ィさん、ご機嫌だね、一杯飲んでくれ。 アーア、面 白くねえ。 お前さん、居職だね。 火鉢職人だ、もう俺の仕事は古いって、 親方が…、別のことやるか、辞めるかって。 アーア、面白くねえ。 そっち のことは、ここで出会って、愚痴を聞いてもらう、女房子がいるんだよ。 金 なんかいらない、遊びに行くか、行かないか、決めねえ。 本当かい、兄貴、 行くよ、金はないぜ。 吉原は、ちょいと飽きた、南へ行かないか、品川。 ち ょいといい所があるんだ、芸者揚げて、いいもん食って、飲んで、一晩遊んで、 はい、さようならだ。 行くか、行かねえか?  三人とも、行くよ。 のん びり、のんびり行こう。 この坂を下ると、女が待ってるよ。

 おう、若え衆。 何です。 遊びに来たんだよ。 四人さんですか。 面白 おかしくしてもらおうじゃないか。 幅広い梯子段の真ん中を上がって、とび っきり上等の女を、四ったり。 海が近え、台の物が楽しみだ、どっさり持っ て来てくれ。 腕のいいネコを二、三匹。 こんばんは! こんばんは! ス チャラカチャンチャン、大変な騒ぎ。

 どうだったい。 兄貴、こんな面白い遊びはなかったよ。 金は、持っちゃ いない。 最近、どうも身体の具合がおかしい、医者に診てもらったら、空気 のいい所で、ゆっくり養生した方がいい、山でも海でもいいから、そうなさい ましと言われた。 海といえば品川だ、ずんと居残りをしながら、養生をする。  ちょいと頼みがある。 三人揃って、いなくなっちゃえ、仕事がしづらいから …。 一人が居残りをすることになった。

 面白かったね、ゆんべは。 あんなに騒いで、苦情は来なかったかい。 い いえ、景気づけになりまして、ご内証もニッコニコで。 三人は帰ったかい。  朝早く、お立ちになりました。 朝の早い仕事で、ペロッと口をきくと、大き な金がドカッと入る商売だ。 また来るよ、祝儀をもらって大変だ、大きなが ま口を買っとけ。 俺は、まだ帰らないんだよ。 ゆんべの酒が残った、お迎 えをいきたい。 今までの、お勘定を。 追い立てられるようだな。 向うの 店へ行くのは、嫌だろう。 迎え酒、煮奴、玉子、冷やでいいよ。 眠気が差 して、ゴロッと横になる。

 お客さん。 ごめんなさい、寝入っちゃったよ。 迎えの酒、腹ン中で話し 込んじゃって。 これまでの、お勘定を。 払うことができない。 ゆんべの 三人だよ、兄貴って言ってくれて、六時になると、三台の俥が来るよ。 様子 が変わる。 駄目だったら、勘定払って帰ろうか。 早く言って下さいよ、私 もずっとここにおりますから。 赤味に、温燗でも持って来てもらおうか、仕 事も気になるが…。

 明くる日の朝になった。 今日も、いいお天気で。 ゆんべ、お越しになり ませんでしたね。 のっぴきならねえことがあったんだ。 今、何時だ。 三 時で。 六時になると、三台の俥が…。 三台の俥が停まろうが、停まるまい が、お勘定をお願いします。 払えない、お金がない、無一文だ。 手紙を書 いて下さい、あの三人に。 あの三人は、どこに住んでいるのかわからない。  あの晩、新橋の軍鶏屋で一杯飲んでて、仲良くなったんだ。 どこのどいつか なあ。

古今亭志ん輔の「居残り佐平次」後半2018/07/04 06:43

 与三さん、大変だ、あれ一文無し、どうしよう。 金がないのに遊んだって のは、手前か。 音羽屋! 手紙を書きな。 親もない、天涯孤独の身で。 こ っちの袂(たもと)に煙草、こっちの袂にマッチが二つ、行燈部屋でも何でも 行きましょう。 行燈部屋なんてない、蒲団部屋だ。 お姐さんたちで、悩み のある人がいたら、寄越して下さい、相談に乗る。

 その晩も、明くる晩も、立て込んでいた。 店の手が行き届かない。 あの 女が呼ぶから来たんだ、刺身を持ってきて、醤油を持って来ない、猫じゃない んだ。 エーーッ、おしたじをお持ちしました。 遅いよ。 まことにすみま せん、あなたは霞姐さんのいい人で、勝ッつァんというお方でしょう、いつも 姐さんが、うちの勝ッつァん、勝ッつァんて、言ってる。 何て、言ってるん だい。 毎日聞かせるから耳タコ、迷惑しているの。 まあ、一杯やれ。 猪 口じゃ飲まない、そっちの湯呑で。 まだ、入る。 酒、吟味してる。 霞が 俺のことを、何て言ってるんだ。 あの姐さんはいい人で、気風がいい、駄賃 のくれ方が違う。 噺家の先輩とは、えらい違いだ、すまなかったね、という だけ。 それ、俺の佃煮だよ。 いいんだよ、色男なんだから。 霞姐さんの 話、ずっとこの稼業に入ってから男嫌いで通して来た、でも、あの勝ッつァん だけには、何も言えない。 こういう形で、白いうなじに赤味が差したよ。 煙 草でもやれ。 男が惚れる男でなきゃあ、粋な女は惚れやせぬ、ってね。 こ れで蕎麦でも食え。 おとといね、姐さんとおばさんが喧嘩やっちゃいました よ、なんで勝ッつァんの所ばかり行くのか、他の客にもついてよって。 しょ うがないんだよ、大好きなんだから。 下駄でも買え。 目に涙浮かべてね、 柱に海老反りになって、大和屋みたいな恰好で。 一筋の涙、ツーーッと流し て一言、アア、勝ッつァん! 何でも、買え。

 どうも、遅くなって、相済みません、ちょいとお前さん、この人、呼んだの?  呼んだんじゃない、シタジを持って来てくれた。 若い衆じゃないのかい? 楼 (うち)の居残りさんだよ。 よくわかったね。 ゆんべの蕎麦の台が廊下に あって、徳利を振ると音がする、そいつを皿にあけて、こちらに。 道理で甘 ったるいと思ったよ、蕎麦つゆか、これ。 お邪魔になるといけません、この 辺で、お二人、お幸せに、よいよいよい!

 懐に入り込む、蚤みたいな奴。 話も面白くて、唄も歌える。 おばさん、 呼んだの、あの変なの、居残り。 ちょいと、イノどーーん。 へーい。 十 三番、お座敷ですよ。 スチャラカチャンチャン、どーも。 女の手だとまず い手紙や、手紙の上書きまで書いた、私も頼むよ、私も。 兜町の旦那が、あ れ呼べっていうんだよ。 身入りがいいので、居残りの暮し向きがよくなった。  面白くないのが、本当の若い衆。 旦那にとっとと叩き出してくれって、言っ たんだ。

 旦那、居残りを連れて参りました。 初めてだね、私がこの楼の主だ。 一 旦、家にお帰りなさい。 勘定は、半年、一年かかろうが、ちょっとっつ入れ てくれればいい。 いいから、帰んな。 いっぺん表に出れば、暗い所に入ら なきゃあならない体なんだ。 何か悪い事をしたおぼえがあるのか。 ま、人 殺しこそいたしませんが、夜盗、掻浚(かっつぁき)、家尻切(かじりきり)。  みたところ、そんな悪い事をするようには見えないが。 おっしゃる通り、親 父は神田白壁町でかなりの暮しをしておりましたが、生まれついての悪性で、 餓鬼のうちから手癖が悪く、抜参りからぐれ出して、旅を稼ぎに西国を、廻っ て首尾も吉野山…。 どこかで、聞いたような文句だね。 どうか、もうちょ っと置いてもらいたい。 出てってくれ、高飛びすればいい。 先立つものが なくて。 ここに三十円、これ持って、とっとと出てけ。 ありがとうござい ます、でも旦那、こんな派手な着物じゃあ具合が悪い、旦那の着物を頂けませ んか。 こないだ着たら、裄丈(ゆきたけ)がピッタリで、先だって越後屋か ら出来上がってきた結城の対を。 驚いたな。 できれば、帯も一本。 かな わないな。 この御恩は、骨が舎利になっても忘れません。

 跡を付けろ。 ♪八ツ山下の茶屋女……。 唄なんか歌っていて、捕まった らどうするんだい。 お宅の旦那は、よく言ゃあいい旦那だな、神様、仏様…、 馬鹿だ。 よく面を憶えておけ、俺は居残りを商売(べえ)にしている佐平次

という男だ。 これで当分、遊んで暮らせる。 旦那によろしく、ハハハノハ ーーー、と。

居残りを商売(べえ)にしている佐平次だと…、どこまでおこわにかけやが って。 旦那の頭がゴマ塩でござんすから。

柳家三三の「夏どろ」2018/07/05 07:18

 三三は黒い羽織に、薄い縞の着物。 泥棒でもやろうかという、でも泥、と 始めた。 お前さん、台所の方で変な音がするんで、見て来てよ。 鼠だろう。  チューチュー。 ほら、鳴いてる。 音が大きいよ。 猫だろ。 ニャーニャ ー。 猫より大きいようだ。 犬か。 ワンワン。 もっと大きいよ。 馬か な。 ヒヒーン。 もっと大きい。 牛かね。 モーモー。 キリンかね。 鳴 きようがわからないから、逃げ出した。 池に飛び込んで、杭(くい)につか まっている。 あの松の枝の下の杭の所に影が見える、物干し竿で叩いてみよ う。 ほらよ、杭か、泥棒か、杭か、泥棒か? クイ! クイ! クイ!

 通り抜けようと思ったら、奥が土手で行き止まりか。 一番奥の家の戸が開 いている。 土間で何か燃えているぞ、蚊燻しか。 どんぶり鉢の中で、板っ 切れを燃やしてるんだ。 不用心だな。 俺が入ったからいいようなもんの、 火事になるじゃねえか(と消す)。 おっとっと…、落とし穴か、商売人を騙そ うってのか。 根太板が一枚ないんだ。

 寝てやがら。 おい、起きろ! 起きてるよ。 お前が入ってきた時から、 全部見てた。 なら、何とか言えよ。 黙ってたっていいだろう、俺の家だ。  危ねえじゃねえか、火事になるだろう。 路地の突き当りだ、蚊が集まる。 畳 を敷き直しておけ、後から来る奴が危ないだろう。 出せよ! (手を出す)  手、出してどうする。 金を出せ。 何だ。 俺を誰だと思っているんだ。 知 らねえよ。 泥坊だよ! 大きな声を出すな、壁が薄いんだぞ、この長屋、相 撲取り崩れや土方、腕っぷしの強い連中がいるんだ、半殺しになるぞ。 とに かく、金を出せ。 ないよ。 あるだろう。 お前が決めるな、住んでる俺が 言っているんだ。

 ピカピカ光っている、これが目に入らないのか。 寄席の手品使いじゃない。  見えてるよ。 今まで、何人殺ったか。 俺、生きてんの、嫌になっちゃって、 一思いに殺ってくれよ。 殺せ、殺せ、殺せ。 命を粗末にするんじゃないよ。  俺は、無性に博打が好きで、土場で銭の山を築いたんだが、ちょいと風が変わ ったら、一文無しになった。 三日三晩、飯を食っていない、生きてても、つ くづくしようがない者だ。 手前で死ぬ訳にはいけねえ、殺してくれ。 真面 目に働けよ。 親分にいつも言われているんだ、人間真面目に働けば、何とか なるものだって。 道具箱を質に入れてよ。 いくらで質に入れたんだ。 5 円。 大工の命じゃねえか、5円で請け出せるんだな。 ほら、これ、お前に やるから、持ってけ。 これ、くれんの、悪いね、見ず知らずの人にこんなこ とをしてもらって、やっぱり、けえすよ。 利息、払ってない。 何で俺が利 息まで出さなきゃあならないんだ、利息はいくらだ。 2円。 金は大事に使 えよ。 あんた、いい人だね。 せっかくだから、前へ出て、俺の体、さわっ てくれねえか。 何だ、裸か、お前。 半纏、腹掛けも、質屋だ。 いくらだ。  利息ぐるみで2円。 いつの間にか、どんどん来るな。 殺して! 出せばい いんだろ、何でこんなところへ入えったのか。 小銭しかねえけど、2円。 50 銭で米買え。 俺、おかずっ食いでよ、おかずがないと飯食えない。 これ、 みんなやるから。 50銭出すとき、財布の底をつまんでいたろう。 はいよ(と、 財布を投げ出す)。 職人は、働いても、その日に給金もらえるわけじゃない。  (襟をほどいて)この1円札一枚、やるよ。 本当に、一文無しだ。 悪いな。 

 どっちへ行くんだ、気を付けてね、左行っちゃあ駄目だ、交番がある。 で も、捕まるようなことは、何もしていない。 おい、泥棒! 泥棒って、大き な声出すな。 名前がわからないから。 陽気の変り目になったら、もう一度 入ってもらいたい。