古今亭志ん輔の「居残り佐平次」後半2018/07/04 06:43

 与三さん、大変だ、あれ一文無し、どうしよう。 金がないのに遊んだって のは、手前か。 音羽屋! 手紙を書きな。 親もない、天涯孤独の身で。 こ っちの袂(たもと)に煙草、こっちの袂にマッチが二つ、行燈部屋でも何でも 行きましょう。 行燈部屋なんてない、蒲団部屋だ。 お姐さんたちで、悩み のある人がいたら、寄越して下さい、相談に乗る。

 その晩も、明くる晩も、立て込んでいた。 店の手が行き届かない。 あの 女が呼ぶから来たんだ、刺身を持ってきて、醤油を持って来ない、猫じゃない んだ。 エーーッ、おしたじをお持ちしました。 遅いよ。 まことにすみま せん、あなたは霞姐さんのいい人で、勝ッつァんというお方でしょう、いつも 姐さんが、うちの勝ッつァん、勝ッつァんて、言ってる。 何て、言ってるん だい。 毎日聞かせるから耳タコ、迷惑しているの。 まあ、一杯やれ。 猪 口じゃ飲まない、そっちの湯呑で。 まだ、入る。 酒、吟味してる。 霞が 俺のことを、何て言ってるんだ。 あの姐さんはいい人で、気風がいい、駄賃 のくれ方が違う。 噺家の先輩とは、えらい違いだ、すまなかったね、という だけ。 それ、俺の佃煮だよ。 いいんだよ、色男なんだから。 霞姐さんの 話、ずっとこの稼業に入ってから男嫌いで通して来た、でも、あの勝ッつァん だけには、何も言えない。 こういう形で、白いうなじに赤味が差したよ。 煙 草でもやれ。 男が惚れる男でなきゃあ、粋な女は惚れやせぬ、ってね。 こ れで蕎麦でも食え。 おとといね、姐さんとおばさんが喧嘩やっちゃいました よ、なんで勝ッつァんの所ばかり行くのか、他の客にもついてよって。 しょ うがないんだよ、大好きなんだから。 下駄でも買え。 目に涙浮かべてね、 柱に海老反りになって、大和屋みたいな恰好で。 一筋の涙、ツーーッと流し て一言、アア、勝ッつァん! 何でも、買え。

 どうも、遅くなって、相済みません、ちょいとお前さん、この人、呼んだの?  呼んだんじゃない、シタジを持って来てくれた。 若い衆じゃないのかい? 楼 (うち)の居残りさんだよ。 よくわかったね。 ゆんべの蕎麦の台が廊下に あって、徳利を振ると音がする、そいつを皿にあけて、こちらに。 道理で甘 ったるいと思ったよ、蕎麦つゆか、これ。 お邪魔になるといけません、この 辺で、お二人、お幸せに、よいよいよい!

 懐に入り込む、蚤みたいな奴。 話も面白くて、唄も歌える。 おばさん、 呼んだの、あの変なの、居残り。 ちょいと、イノどーーん。 へーい。 十 三番、お座敷ですよ。 スチャラカチャンチャン、どーも。 女の手だとまず い手紙や、手紙の上書きまで書いた、私も頼むよ、私も。 兜町の旦那が、あ れ呼べっていうんだよ。 身入りがいいので、居残りの暮し向きがよくなった。  面白くないのが、本当の若い衆。 旦那にとっとと叩き出してくれって、言っ たんだ。

 旦那、居残りを連れて参りました。 初めてだね、私がこの楼の主だ。 一 旦、家にお帰りなさい。 勘定は、半年、一年かかろうが、ちょっとっつ入れ てくれればいい。 いいから、帰んな。 いっぺん表に出れば、暗い所に入ら なきゃあならない体なんだ。 何か悪い事をしたおぼえがあるのか。 ま、人 殺しこそいたしませんが、夜盗、掻浚(かっつぁき)、家尻切(かじりきり)。  みたところ、そんな悪い事をするようには見えないが。 おっしゃる通り、親 父は神田白壁町でかなりの暮しをしておりましたが、生まれついての悪性で、 餓鬼のうちから手癖が悪く、抜参りからぐれ出して、旅を稼ぎに西国を、廻っ て首尾も吉野山…。 どこかで、聞いたような文句だね。 どうか、もうちょ っと置いてもらいたい。 出てってくれ、高飛びすればいい。 先立つものが なくて。 ここに三十円、これ持って、とっとと出てけ。 ありがとうござい ます、でも旦那、こんな派手な着物じゃあ具合が悪い、旦那の着物を頂けませ んか。 こないだ着たら、裄丈(ゆきたけ)がピッタリで、先だって越後屋か ら出来上がってきた結城の対を。 驚いたな。 できれば、帯も一本。 かな わないな。 この御恩は、骨が舎利になっても忘れません。

 跡を付けろ。 ♪八ツ山下の茶屋女……。 唄なんか歌っていて、捕まった らどうするんだい。 お宅の旦那は、よく言ゃあいい旦那だな、神様、仏様…、 馬鹿だ。 よく面を憶えておけ、俺は居残りを商売(べえ)にしている佐平次

という男だ。 これで当分、遊んで暮らせる。 旦那によろしく、ハハハノハ ーーー、と。

居残りを商売(べえ)にしている佐平次だと…、どこまでおこわにかけやが って。 旦那の頭がゴマ塩でござんすから。