柳家三三の「夏どろ」2018/07/05 07:18

 三三は黒い羽織に、薄い縞の着物。 泥棒でもやろうかという、でも泥、と 始めた。 お前さん、台所の方で変な音がするんで、見て来てよ。 鼠だろう。  チューチュー。 ほら、鳴いてる。 音が大きいよ。 猫だろ。 ニャーニャ ー。 猫より大きいようだ。 犬か。 ワンワン。 もっと大きいよ。 馬か な。 ヒヒーン。 もっと大きい。 牛かね。 モーモー。 キリンかね。 鳴 きようがわからないから、逃げ出した。 池に飛び込んで、杭(くい)につか まっている。 あの松の枝の下の杭の所に影が見える、物干し竿で叩いてみよ う。 ほらよ、杭か、泥棒か、杭か、泥棒か? クイ! クイ! クイ!

 通り抜けようと思ったら、奥が土手で行き止まりか。 一番奥の家の戸が開 いている。 土間で何か燃えているぞ、蚊燻しか。 どんぶり鉢の中で、板っ 切れを燃やしてるんだ。 不用心だな。 俺が入ったからいいようなもんの、 火事になるじゃねえか(と消す)。 おっとっと…、落とし穴か、商売人を騙そ うってのか。 根太板が一枚ないんだ。

 寝てやがら。 おい、起きろ! 起きてるよ。 お前が入ってきた時から、 全部見てた。 なら、何とか言えよ。 黙ってたっていいだろう、俺の家だ。  危ねえじゃねえか、火事になるだろう。 路地の突き当りだ、蚊が集まる。 畳 を敷き直しておけ、後から来る奴が危ないだろう。 出せよ! (手を出す)  手、出してどうする。 金を出せ。 何だ。 俺を誰だと思っているんだ。 知 らねえよ。 泥坊だよ! 大きな声を出すな、壁が薄いんだぞ、この長屋、相 撲取り崩れや土方、腕っぷしの強い連中がいるんだ、半殺しになるぞ。 とに かく、金を出せ。 ないよ。 あるだろう。 お前が決めるな、住んでる俺が 言っているんだ。

 ピカピカ光っている、これが目に入らないのか。 寄席の手品使いじゃない。  見えてるよ。 今まで、何人殺ったか。 俺、生きてんの、嫌になっちゃって、 一思いに殺ってくれよ。 殺せ、殺せ、殺せ。 命を粗末にするんじゃないよ。  俺は、無性に博打が好きで、土場で銭の山を築いたんだが、ちょいと風が変わ ったら、一文無しになった。 三日三晩、飯を食っていない、生きてても、つ くづくしようがない者だ。 手前で死ぬ訳にはいけねえ、殺してくれ。 真面 目に働けよ。 親分にいつも言われているんだ、人間真面目に働けば、何とか なるものだって。 道具箱を質に入れてよ。 いくらで質に入れたんだ。 5 円。 大工の命じゃねえか、5円で請け出せるんだな。 ほら、これ、お前に やるから、持ってけ。 これ、くれんの、悪いね、見ず知らずの人にこんなこ とをしてもらって、やっぱり、けえすよ。 利息、払ってない。 何で俺が利 息まで出さなきゃあならないんだ、利息はいくらだ。 2円。 金は大事に使 えよ。 あんた、いい人だね。 せっかくだから、前へ出て、俺の体、さわっ てくれねえか。 何だ、裸か、お前。 半纏、腹掛けも、質屋だ。 いくらだ。  利息ぐるみで2円。 いつの間にか、どんどん来るな。 殺して! 出せばい いんだろ、何でこんなところへ入えったのか。 小銭しかねえけど、2円。 50 銭で米買え。 俺、おかずっ食いでよ、おかずがないと飯食えない。 これ、 みんなやるから。 50銭出すとき、財布の底をつまんでいたろう。 はいよ(と、 財布を投げ出す)。 職人は、働いても、その日に給金もらえるわけじゃない。  (襟をほどいて)この1円札一枚、やるよ。 本当に、一文無しだ。 悪いな。 

 どっちへ行くんだ、気を付けてね、左行っちゃあ駄目だ、交番がある。 で も、捕まるようなことは、何もしていない。 おい、泥棒! 泥棒って、大き な声出すな。 名前がわからないから。 陽気の変り目になったら、もう一度 入ってもらいたい。