隅田川馬石の「安兵衛狐」2018/08/26 07:49

 江戸の頃は、自然の動物もいたようで、狐や狸の話が多い。 狐はお稲荷さ んのお使い姫といわれて、霊験あらたか、雨が降らないと、お祈りする。 狐 が風を起こし(と、身体をゆらす)、雲が出来て、雨が降る。 これを雨狐(う こ)、風を起こす狐を風狐(ふうこ)と言う。 雲を呼ぶ狐を……、これは言わ ない。

 向う二軒、こちら二軒の四軒長屋。 気の合う、合わないというのがあって、 源兵衛と安兵衛は仲がいいけれど、向う二軒とは仲が悪い。 源兵衛は、向う 二軒から花見に誘われたけれど、八つ過ぎ、一人で腰に五ん合徳利を下げて、 出かける。 どこだっていいじゃないか、花見? 墓見ながら酒飲むのもいい、 墓見酒だ。

 やって来たのは谷中、女の墓の前でと、戒名を見るが字が読めない、「女」と いう字なら知っているから「女」を探す。 墓の前で、チビリチビリ、隣の安 兵衛は気が合うから、今度誘ってみよう、行く、行くとなるだろう。 一陣の 風に、塔婆が倒れる。 これ骨(こつ)、しゃれこうべじゃないか、こないだの 嵐で出ちゃったんだ。 酒残ってるから、かけて供養しよう。 お近づきに…、 あなた、行ける口じゃありませんか、ツーーッと入った。 駆けつけ三杯、ほ んのり桜色になった。

 家に帰って、ごろっと横になる。 丑三つ時分、こちらは源兵衛さんのお宅 でしょうか、と女の声。 (幽霊の手の形をして)開けて下さい。 どなたで?  私、谷中から参りました、お開け下さい、開けなくても入れますよ。 きれい な人だ。 私は昼間、屍(かばね)を曝していた者、お酒が好きで、お礼に上 がりました、この世の者じゃないんですが…。 私、なんだか源兵衛さんが好 きになりました、差しで飲みたい、ここに置いていただけませんか。 きれい な人だ、構やしませんけどね、一杯やりましょう。 置いてみると、よく働く、 宵の口に現れ、明け方にはいなくなる。 色が白くて、透けて見える。 閉め 出しても、入ってくる。 殴るぞというと、いっそ生かしてくれ、と言う。 そ の女がずっと居ついていて、源兵衛と仲良くしている。 幽霊、ユーテキでも いいよ、あれだけきれいなら、と安兵衛、今度は俺も行く、行く。

 安兵衛さん、五合の酒を持って谷中へ、山のすそで何かやってる男。 穴へ 狐を追い込んだ。 どうする? 皮を剥いで、革屋に売る。 痛がるだろう?  商売だから、向こうへ行ってくれ。 見ててもいいか。 捕まえたね、まだ小 さい。 皮剥いで売るんだからいい。 逃がしてやれ。 駄目だ。 売って下 さい。 どうするんだ? 逃がしてやる。 いくら? 二分。 高い、只で捕 まえたんじゃないか。 一分、襟に縫い込んであるやつ、これで。 逃がして やるから、安心して行け。 酒が残った。

 帰り路、お稲荷さんの鳥居の蔭から、可愛い娘が出て来た。 そこへ行くの は安兵衛さん、奉公先を出て来て、安兵衛さんの所に泊まりたい、おかみさん にしていただければ、コンな嬉しいことはない。 名前は? こん、生れは王 子。 おこんさんか、と安兵衛、狐と一緒になった。

 向かいの二人組、「へんくつ」と「ぐず安」に嫁さんが来たが、どうもおかし い。 源兵衛のかみさんは、昼間見ない、青みがかっていて、会うと背筋がゾ ッとする、腰から下が見えない。 安のかみさんは、井戸端でおはようと言う と、コーンと言う。 狐が化けているんじゃないか、来た時、日が当たってい るのに雨が降っていた。 ひょっとすると、安兵衛も狐じゃないのか。 安兵 衛さん、いますか? お向うの金さんと、六さん、コーン、安兵衛は出かけて ます、コーン。

 安兵衛のおじさんが隣町にいる、おじさんも狐かもしれない。 行ってみよ う。 いい陽気になりましたね。 おらは八十三だ、すっかり歯が悪くなっち まって。 耳が遠いんですか? 柔らかいもんじゃなきゃ、食べられない、有 難う。 おじさんに聞きたい、安兵衛さんは来ますか? コン。 あっ、おじ さんも狐だ。

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