古今亭文菊の「笠碁」前半2018/08/28 07:14

 文菊、頭を剃り上げ、腰を落として、そろりと出てくる。 薄紫の羽織と、 焦げ茶の絽の着物も、気障と言えば気障だが、文菊流なのだろう。

 碁将棋に凝ると、親の死に目にも会えないという。 縁台の後ろで覗き込ん でいる奴は、当てにならない。 ずいぶん並べてるな、三、四、五目、勝って るじゃねえか……、本碁かい。 うるさいな。 お前、白い石の係だろ。 俺 の石だ。 お前のじゃないだろう、この家で借りてんだろ。 白、危ねえな。  どこが? 隅っこの所だ。 こっちかしか、目が出来てるんだ。 落ちそうで、 危ねえ。

 ちょいとね、今の一手、待ってくれ。 お前が言い出したんだぞ、待ったな しでやろうって。 この一手は大きいね、これは待ってくれ、折角ここまで来 たんだから。 そうかい。 アーーア、どうして気が付かなかったんだろう、 私は。 頼むからさ、待ってくれよ。(と、煙草を喫う) そう困った顔、する な。 私がこれだけお願いしても待ってくれないんだな、私も言いたくないこ との一つも言わなきゃあならなくなる。 一昨年の暮の29日、商売の金が二 百円必要になったが、倅が印形を持って上方へ出かけているというので、二百 円貸したのを忘れたか。 年始に行ったら、お前さん、いなかった。 二日、 三日になっても、お前さんは来ない。 とうとう七草になって、しょんぼりし て来た。 敷居が鴨居になった、倅が帰って来ないから、少し待ってくれとい われたけれど。 どうせ年寄のこぶくろ銭だ、あの時、待てないって、私が言 ったか? それに比べりゃあ、今の一手ぐらい。

 そこに行くのか。 それを聞く前なら、私は待ったかもしれない、私は待つ わけにはいかないよ。 強情だな。 子供の時から強情なのは、お前がよく知 ってる。 ここは私ん家(ち)だよ、こんなもの(と、碁盤をゴチャゴチャに する)。 何も崩さなくてもいいだろう、我儘な。 私は我儘だよ、子供の頃か ら我儘なのは、お前がよく知ってるだろう。 帰れ! お前、帰るのか。 ヘ ボ! 待ってくれって言っているのに、待てないのはヘボだ。 三度に一度は 負けないとならないのは、ザルだ。 隙間だらけの、大ザル! 大ヘボ! 金 輪際、お前とは碁は打たない。 帰えれ! 帰えれ!

 たった一目で、大喧嘩になった。 二、三日は、お孫さんを連れて上野浅草 へ出かけたりして、気を紛らわせていたが…。

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