桂米團治の「たちぎれ線香」上2018/08/30 07:20

 上方の御曹司でございます、どうぞよろしくお願い致します。 歌武蔵さん に聞きましたら、東京の噺家は800人だそうで、上方が270人超えてますから、 千人以上になりますが、親が人間国宝というのは、私ただ一人で。 歌舞伎で すと、親が人間国宝なら、看板役者、灰皿投げようがどうしようが、大事にさ れる。 落語はそうはいかない。 若旦那をボンボンといいますが、アホボン と言われています。 家族はつらいよ、で。

 米朝一門でよかったのは、お茶屋に連れてってもらった、息子も。 上方は お茶屋という、東京は吉原しか噺に出て来ないけれど、京都は上七軒、祇園甲 部、祇園東、先斗町、島原、宮川町とあり、きれいどころが、第一級の着物を 着て、気分も高揚する。 中卒ぐらいで来る女の子が、おいでやす、兄(にい) さんと、半年で京都人になる。 自分の金で遊んでみたい。 人気の芸妓、舞 妓さんは、呼んでも、なかなか来てくれない。 来てくれると、大喜びでサー ビスするんで、どっちが客かわからない、幇間みたい。 お酒代、花代(時間 貸しのお金)がかかる。 花代は、若い妓から八十五まで同じ、競い合う。 昔 は、線香がたちきるまでで勘定した。 男衆なんか、早くしようと扇子で煽い だりした。

 大阪にもお茶屋があった時代の話。 いいから、こっちに来な、下で何を話 している。 若旦那に話しちゃあいけないと、番頭さんに止められている。 十 銭もらった義理がある。 二十銭やる、後でやる。 ご親戚が難しい顔をして 集まっている。 番頭が、うちの若旦那が金食い虫になって、勘当ということ になりますが、ご意見を。 京の旦那。 伯父貴だ。 わしが家に連れて行く、 高瀬川の綱引き、荷物運びにさせる。 上りは、舟を土手で引く、冬はことに つらい。 丹波の叔父さん。 おもよという娘がいる、従妹、一緒にする腹か。  いいえ、野良仕事をさす、気の荒い牛がいるので、角でどんと一思いに突けば、 片付く。 兵庫の叔母さん。 兵庫へ連れてく。 須磨で釣りか、いいな。 嵐 の来そうな日に、壊れそうな舟に乗せれば、フカに喰われる。 それで決まり かけたら、番頭が、若旦那は汗かいて働いたことがない、乞食にしたら、どう でしょう、と。 やっぱり番頭だ、いいことを言うと、乞食に決まりました。  あらかた用意もできてます。

 若旦那は階段を降りて、怒鳴る。 番頭は丁稚の劫を経た奴だろう、奉公人 のお前が跡取の私を乞食にするというのか、お前の言うことが聞けるか。 若 旦那、どうぞ、お座り下さい。 仮にも、ご親戚、お歴々がいらっしゃる席で す。 これが何か、おわかりですか。 ご当家で一番大切な、蔵の鍵です。 私 がお預かりしております、丁稚の劫を経た番頭ですが…。 話をご存知で、願 ったり叶ったりでございます。 ここに乞食の仕度、欠けた椀と箸が一本あり ます、お着替えなさい。 待ってくれ、乞食はいやだ。 乞食でなければ、お 前の言うことを、何でも聞く。 では三番蔵で、百日の蔵住いを願いましょう。  風呂は行水ぐらい、本と食事はお持ちします。 ガラガラピシーーン、と重い 扉が閉まった。

 これには訳があった。 花街に行ったこともないような若旦那が、仲間内の 寄合で、南のきれいどころのいる席に出た。 紀ノ庄置屋の娘で小糸、半玉の 修業もせんと芸妓に出た。 若旦那、このおぼこに、ビビビと電気が走った。  小糸、小糸、若旦那、若旦那と、毎日のようにお茶屋に通いつめ、休みの日に も通った。 どうにもならない。 一粒種の息子、そう簡単に勘当もできず、 親類を集めて会議を開けば、気にしてどういう相談かと丁稚に様子を聞くだろ う、丁稚にこう言わせれば、カーーッとなって飛び出してくるに違いない。 番 頭の書いた筋書通りに、百日の蔵住いとなった。

 翌日の昼下がり、羽織を斜めにかけた男芸者丸出しの男が、ヘッヘッヘ、若 旦那様は、とやって来る。 他出してまして。 手紙をお届け願いたい。 番 頭は、文箱に入れ、ピシンと錠をかけた。 ヘッヘッヘ、翌日の昼下がり、夕 方、また朝と、どんどん女子衆(おなごし)の手紙が来る。 翌日が二通、次 が四通、八通、十六通、三十二通、六十四通、丁稚ひとりつけて扱わねばなら なくなった。 ずーーっと続いていたが、八十日目でイタチの道切り、ぴたり と止んだ。 番頭は、色街の女の恋も八十日か、と笑った。

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