いわさきちひろ、新しい試みの陰に2018/09/02 08:10

 8月12日放送の日曜美術館、いわさきちひろ、「“夢のようなあまさ”をこえ て」を見て、ぜひ行きたいという家内のお供で、東京ステーションギャラリー の「生誕100年 いわさきちひろ、絵描きです。」展を見た(9日まで)。 放 送では、誰もが思い浮べることのできる可愛らしい絵、みんなに愛され、心の なかにしまっている、あの愛にあふれた、いわさきちひろの作品の誕生が、画 家になってだいぶ経ってからのものだったことが語られた。 少女の頃から、 岡田三郎助や中谷泰に師事してデッサンや油絵を描いていたものの、戦前は満 州でつらい体験をし、戦後は働きながら絵を描き、子育てをしながら、少しず つあの画風に迫って行ったのだという。

 いわさきちひろ記念財団の公式サイトに、「ちひろの技法」というのがあって、 水彩技法や制作プロセスを、詳しく解説している。 水彩絵具を駆使し、やわ らかで清澄な、独特の色調を生み出した。 水をたっぷり使ったにじみやぼか し、大胆な筆使いを活かした描法などは、西洋で発達した画材を使いながら、 むしろ中国や日本の伝統的な水墨画の技法や表現に近いものが見られる。

 「白抜き」……白い紙の地色を残して、その周りに、色を塗ることで、形を 表す。 「たらし込み」……たっぷりと水を含んだ筆で色を薄く塗り、その色 が乾かないうちに濃い色をおく。濃い色が薄い色ににじみ込んで乾き、偶然的 な色のグラデーションができる。 「渇筆法」……筆に水をあまり含ませない で、絵具をかすれさせる。 「潤筆法」……筆に水をたっぷり含ませて、絵具 をにじませる。絵具が乾く前に別の色をおくと、色が混ざり合い、複雑な色調 が得られる。

 展示の説明文を読んでいて、いわさきちひろさんの、にじむ色彩や絵具の押 し付け、余白の活用、用紙に変化を加えるなど、かずかずの新しい試みに、至 光社の武市八十雄さんという方との共同作業があったことを知った。 同じ公 式サイトの「いわさきちひろについて」に、武市八十雄さん自身が座談会でそ れを語っているのがあった。 絵本の制作にあたって、毎年3月から5月の10 日間、岩崎さんと武市八十雄さんと編集者とで、熱海ホテルへ武市さんの運転 で、いわゆる缶詰に行く。 文章と絵を支えるような案を、武市さんが出す。  言うにいわれないようなものをなにか、しかもその一言を聞いたら、絵描きさ んがもう全部わかったというよう気持になれるだけのものを、用意する。 そ うして出来たのが、『あめのひのおるすばん』であり『あかちゃんのくるひ』だ った。

 もう一つ、武市さんが岩崎さんとの仕事で、ものさしにしたのは、引き算を やろうということ。 これは10年前に海外に出て、日本の絵本全体について 忌憚のない意見を、向こうの編集者や画家やライターの人たちに聞いたところ、 つまり足し算じゃないか、悪いとはいわないが、引き算の感覚がぜんぜんない と言われた。 ちょうどその頃、武市さんは禅にこっていたので、禅の絵の世 界では、絵というものは、破墨、それから捨業、捨てる業、捨てることにある、 と聞いていた。 それが岩崎さんと二人、ピンときたもので、ギリギリまで捨 てていこう、となった。 それで引き算の絵本が4冊ぐらい出来、『ゆきのひ のたんじょうび』あたりから、今度は掛け算を狙っていこうとなった。 マイ ナスとマイナスを掛けるとプラスになるじゃないか、とか言って。