赤松小三郎は咸臨丸に乗れなかった2018/09/11 07:16

 最近、偶然、本屋で関良基著『赤松小三郎ともう一つの明治維新 テロに葬 られた立憲主義の夢』(作品社)を見つけ、手に入れた。 関良基さんは、環境 分野が専門の拓殖大学准教授だが、専門外の赤松小三郎を取り上げた本を書く ことになったのは、こういう理由があった。 関さんは、赤松小三郎と同郷の 信州上田生れ、それゆえ高校時代に赤松小三郎の憲法構想に接する機会があり、 現行憲法にそのまま通じる内容が「幕末」に書かれていたことに衝撃を受けた という。 そして、この人物が全国的にまったくといってよいほど知られてい ないことに、深く疑問を感じ、調べ始めて30年間が経った。 この本は、そ の疑問に対する、関良基さんなりの回答だという。

 赤松小三郎は、もともと上田藩松平伊賀守家中の下級武士芦田勘兵衛の次男 芦田清次郎、数え24歳で同藩赤松弘の養子になり赤松清次郎、小三郎と改名 したのは文久元(1861)年、31歳の時で、赤松小三郎と名乗ったのは若い晩 年の6年あまりだった。 これについては、私が毎号書かせてもらっている季 刊の同人誌『雷鼓』96号(2018年夏号)に、前号で平山洋さんの『「福沢諭吉」 とは誰か』の「『西洋事情』の衝撃」に触れて、赤松小三郎の名前を出した拙稿 へのコメントとして、森鴎外にお詳しい志摩泰子さんという方が、「赤松小三郎 は咸臨丸で渡米する際乗船を希望したが、選ばれたのは年若い赤松大三郎、そ れより自分は小三郎と名乗ったとか、その咸臨丸には福沢諭吉も乗船しており、 彼の『西洋事情』が、当時の重要な文書、提言に影響を与えたとは、大変勉強 になりました」と教えて下さった。 赤松大三郎、のちの赤松則良の娘が、森 鴎外の最初の妻になったことは、「鴎外の最初の妻、その華麗なる姻戚<小人閑 居日記 2010. 7.2.>」に書いていた。

http://kbaba.asablo.jp/blog/2010/07/02/5195744

 芦田清次郎(赤松小三郎)が仕えた当時の上田藩主は、松平伊賀守忠優(の ち忠固と改名)、昨日見たように日米和親条約(1854年)と日米修好通商条約 (1858年)締結時の幕府老中だった。 芦田家は、十石三人扶持の貧しい家だ ったが、向学心が旺盛で、父の勘兵衛は藩校・明倫館の句読師(教員)、父の妹 すなわち清次郎の叔母は、藩の会計税務も司った和算家(数学者)の植村半兵 衛重遠に嫁いでおり、清次郎は兄の柔太郎と共に、植村重遠の塾で数学を学ん だ。 清次郎は、嘉永元(1848)年18歳で江戸に出て、数学者・内田弥太郎 の「マテマテカ塾」に入り、めきめきと頭角を現した。 嘉永5(1852)年22 歳で、西洋兵学者・下曽根金三郎信敦にも入門した。 主君、松平忠優(忠固) は嘉永元年に老中に就任、幕閣内で国防力強化の必要を誰よりも感じていたは ずで、清次郎より5歳年上の上田の俊才桜井純造は、すでに嘉永3年から下曽 根塾に入門していた。

 安政元年に同藩下級武士赤松弘の養子・赤松清次郎となり、翌安政2(1855) 年、人生の転機が訪れる。 勝海舟の門人となり、勝の従者となって、同年創 設された長崎海軍伝習所に赴くことになったのだ。 正規の伝習生ではなく、 勝の従者の「員外聴講生」という身分だった。 関良基さんは、それまで勝海 舟には数学の知識がなく、長崎で測量や航海術を学ぶのに、数学者としての赤 松清次郎の補佐を必要として、両者の利害が一致したのではないかと推測して いる。

 赤松清次郎は長崎海軍伝習所で、航海術、測量術、オランダ兵学を学んだほ か、騎兵学も学び、オランダ兵学書の翻訳3冊『新銃射放論』『選馬説』『矢ご ろのかね 小銃彀率』を残している。 『矢ごろのかね 小銃彀率』は、小銃の 仕組みや銃隊の教練法の教科書で、「銃口」「銃身」「銃床」など、今も変わらな い訳語が多く用いられているそうだ。

 安政6(1859)年、長崎海軍伝習所が閉鎖されて、江戸に戻る。 安政の大 獄の最中で、主君で次席老中だった松平忠固は失脚してしまっており、9月に 謎の死をとげる。 清次郎は、日米修好通商条約の批准書交換のための遣米使 節の派遣に際して、咸臨丸への乗船を希望したが、その願いはかなわなかった。

 失意の赤松清次郎(小三郎)が万延元(1860)年に「亜国行を懐(おも)ひ て」と題して、詠んだ句。

  春風や東に霞む船二つ

 咸臨丸と、ポーハタン号だ。 和歌もある。

  春来れど思ふままにはいかのぼりつながれて有る三つの糸に

 関良基さんは三つの糸を、「家」「藩」、そしてあと一つは何だろうか、自由に 海外渡航もされてくれない徳川政権(関さんは幕府という用語を使わない)の 国法そのものかもしれない、という。

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