柳亭市馬の「盃の殿様」前半2018/10/07 07:35

 トリの市馬も黒紋付。 噺家も身分制度だけれど、昔は士農工商、一番上に は将軍、大名。 上には上の辛さがあって、食べるものも、思い通りにはいか ない。 泰平の世、のんきに生きている殿様もいた。 三太夫、大塚の下屋敷 にある空き地について話をしたいが、聞かれるとまずいので、品川沖に漕ぎ出 して、心中を打ち明けたい。 三太夫が漕いで、二人で一里ほど沖に出た。 大 塚の下屋敷の空き地に、豆を植えようと思うが、如何じゃ。 それでしたら、 屋敷内でお話になっても、よかったのでは? 鳩に聞かれると、まずい。

 殿様は一日の時間割がきちっと決まっている、馬術の稽古、剣術の稽古とか 何とか。 噺家でも剣術の稽古が好きな人がいたけれど。 余は、病気である。  やりたくないので、いろいろな稽古を、「病気である」一つで片付ける。 一間 に籠りっきりになっていたら、気鬱症になって、人に会いたくない。 殿様が 可愛がっていた、お坊主(十万石以上になると、表坊主、奥坊主なんてのがい た)の珍斎が、気晴らしにご庭内でも歩かれては…、浄瑠璃、常磐津、長唄、 軍談、浮世雑談(ぞうだん)などは、いかがでしょう、と勧める。 噺家は下 品だから嫌いじゃ。 これを、ご覧遊ばせと見せたのが、袱紗包みにした豊国 の「全盛花比べ六歌仙」。 新吉原町の傾城、傾国、遊女を見て、殿様の目が留 まる。 絵空事ではないのか、こんな美しい者が本当におるのか、偽りであれ ば、ただではおかんぞ。 上村弥十郎を呼べ、とご意見番に火急のお召し。 壮 年の頃より武骨一辺倒で参ったが、錦絵を見た、あながち嘘でもあるまい、今 宵、新吉原に参るぞ。 病気保養のためと申せば、ご公儀のお咎めもなかろう、 見物、素見、冷やかしならばよかろう。 そう申されますが、殿様。 下がれ、 両名、今日限り薬は飲まぬ、気分が悪い。

 重役会議、腹の徳利に栓をしたようなものだろう、胸郭を開いて栓を取れば、 薬も効くのではないか。 見物ならば、よかろう、御保養のためだ。 素見(ひ やかし)はよいか、参ろう。

 お忍びより、御本格で。 行列、金紋先箱共揃え、三百六十何人、寄れーー い! 寄れーーい! あらかたは大門外、殿と二十人余が花魁道中を見る。 御 留守居役・上村弥十郎、珍斎、医者も。 清掻(すががき)という三味線に乗 って花魁道中。 動いておるのが傾城か。 一番先が洲崎卍楼抱え白鳥、二番 目が同名抱え雲居、江戸町丁字屋抱え小紫、角町厄介屋抱え手古鶴(このあた りは筆者、少しいい加減)。 珍斎、嘘偽りではなかったな、百石加増だ。 五 番目、廓一番の京町扇屋卯右衛門抱え花扇が、前の床几に掛けた。 花魁の前 の女が、目障りである、掃(はら)え。 余は、あの花扇に盃の相手をしても らいたい。 ならぬと申すか、頭(つむり)が痛い、胸が苦しい。

 殿様の座敷に、花魁・花扇が出て来る。 客よりも上座。 遣り手、おばさ ん、新造は、振袖新造、留袖新造がつく。 花魁は、銀の煙管に煙草をつめて、 一服つける。 いい眺めであるな。 花扇は、張り肘で、ツンとしている。 ヒ ョイと、殿様の目を見た。 花扇のもとに、一泊して参りたい。 また頭(つ むり)が痛いが始まって、お泊りとなる。 家来一同、三百六十何人も、ご相 伴することになる。