三笑亭夢丸の「佐野山」2018/11/06 07:12

 落語研究会は、研究者の集まりなので、やりやすい。 やりにくいのは、地 元。 三代続いたちゃきちゃきの、新潟県民、新発田市の出、「前田ん所の倅」、 おむつを替えてやったという人がいる。 落語をやると母親が見に来る、それ も一番前の真ん中で、指くわえて万引きGメンのように睨む、家へ帰ると仁王 立ちで、待っている。 直しようのない、ざっくりした評を言う、「上手くや った方がいいよ」。 田舎は匿名性がない。 日中コンビニに行くと、「前田 ん所の倅」が昼日中から来ていた、となる。 先週、母校の中学校で学校寄席 があった、田圃の中の一本道をママチャリ、着流しで行った。 終わると、学 校と生徒から巨大な花束を二つもらった。 その花束をママチャリの籠に入れ、 稽古をしながら帰ってきたら、「前田ん所の倅」がとうとう頭がおかしくなっ た、と。

 同じ稽古でも、汗がほとばしるほど、男らしい稽古をするのが大相撲。 荒 木田という土でガチガチに固めた土俵に、叩き込まれると、鼻血が出、歯が二 本と、目が飛び出し、耳が取れる。 そのぐらい、厳しい。 落語家は、破門 されることはあるが、自分でやめた人はいない。 土俵の下には、地位や名誉、 酒も車も女も埋まっている。 酔っ払うとどうなるかと聞いたら、某横綱(先 場所優勝した)が言った。 私は、どちらかというと、はくほうですね。

 8年位前の八百長疑惑の時、アンケートがあった。 いたってシンプル。 し こ名を書いて、問1、あなたは八百長をしましたか? した、しない、○を付 ける。 八百長は江戸時代にもあった。 寛政年間、無類の強さで「相撲の神 様」と言われた谷風梶之助、仙台で「わしが国さで見せたいものは、むかしゃ 谷風、今伊達模様」と謡われる。 たったいっぺんだけ、佐野山に八百長で負 けた。 心がやさしい。

 佐野山は、父を看病していて、十両のどん尻まで落ちた。 十両は、十両も らえるのだが、転落すると父の薬が買えなくなる。 噂を聞いた谷風、次の場 所で佐野山とやらせてもらいたい、と頼む。 当時の場所は晴天十日、蔵前の 神社で、佐野山は負け続け。 明日の取組発表、結びの一番、谷風に佐野山!  何だい、谷風に佐野山だって、金返せ。 訳知り顔の男、それは見逃せない、 裏があるんだ、内緒の話だが、谷風には惚れた女がいる、柳橋の芸者、小福ち ゃんだ。 しかし、小福ちゃんには許婚がいる、佐野山。 嘘だろ。 お前は 女心を知らないんだ。 谷風は、男が立たんと、怒った。 それで罪にならな い殺し方を考えた。 土俵の上で、内緒の話だが、投げ殺す。 そうじゃない か、と思うよ。 この話が外部に漏れると、昼過ぎには関東一円に広まってい た。

 佐野山の贔屓、神田の青物市場の親方、鉄五郎。 今日の取組は惜しかった な、筑波嶺との一番、昨日相撲取になったばかりの子供のような相手に、立ち 遅れたと思ったら、尻餅をついていた。 お蔭様で、明日は谷風さん、横綱と やります。 私はお前の明るいところが好きだ、お父っつあんの面倒は私が看 るから、気遣いなく、あの世へ行け。 まわしをつかめば二十両、四つになっ たら三十両、万々一両差しになったら五十両。 ひょっとして、勝ったら? 勝 てない、死ぬ。 百両、二百両、三百両、ウチの店ごとあげる。

 江戸っ子の判官びいき、満員になって、昼過ぎにはもう入れない。 何とか 入る工夫はないか? 尻をまくって、幕に向って出すんだ。 場内見廻りが、 何だ、こんな所へケツを出して、はばかりはあっちだ、とズルズル引っ張り込 む。 オケツが38個並んで、蹴飛ばされた。

 結びの一番。 佐野山! 佐野山! 佐野山! 谷風の馬鹿! 谷風がニッ コリ笑ったよ、殺す気だ。 鬼の形相になったぞ。 佐野山は栄養失調で小さ い、タラちゃんみたい。 立ち上がって、まわしを引きつけた、四つになった ぞ。 ウチの倅は、五つになった。 四つは三十両、両差しになんなさい、五 十両だ。 谷風は汗びっしょり、こんな疲れるフォークダンスはない。 土俵 際、佐野山を外に出す前に、自分の足を出す。 佐野山ーーッ! 一人、ぼん やりしている人がいる、店ごと全財産を賭けた。 座布団を投げる。 着物、 羽織をどんどん投げる。 後で、着物を返してもらう代わりに、ご祝儀を出す。 

 佐野山は、自分の力で勝ったわけではない、横綱さんの顏に泥を塗ったと、 引退を決意する。 仙台侯からの二百両で、寝ていた父親の看病をすると、全 快した。 後に、仙台で病に臥せっていた谷風を看病したのが、佐野山だった。