柳家小三治「転宅」本篇・後半2018/11/09 07:07

 嬉しいよ、もとはと言えば、わたしもコレさ(人差し指を鉤に)。 姐さん、 泥棒。 さっきから、おかしいと思っていたんだよ。 せっかく、お前さんが 入ってくれたから、相談にのってくれないかね。 旦那が堅い、別れれば天下 晴れて独り者。 男の好みがある、男らしい男、度胸があって、立て引きのあ る、めったなことでは驚かない男、他人の家に入って来て飲んだり食ったりす るような男。 お前さん、おかみさんか、色がいるんだろ。 そんなもの、ぜ んぜんいない、さっぱりしたもんだ。 お前さんと一緒なら、三日でもいいよ。  本気なの、それ、こんないい女、生涯、一緒にいるよ。 とろけるようなこと を言って、嘘つきは泥棒の始まりっていうよ、もう泥棒か。 お酌してくれん の、もらう、もらう。 有難いな、昔の人は、いいことを言った、普段から真 面目に一生懸命やっていると、いいことがあるって。 固めの盃だ。 これで、 よし。

 名前を聞くの、忘れちゃってたよ。 親分は、もぐら小僧の泥の助、俺は一 の子分で、いたち小僧のさいご兵衛。 お前さん、高橋お伝を知ってるかい、 私は孫で半ぺん、それは冗談、菊って言うの。 お菊さんか。 夫婦になった んだ、お菊って呼びつけにしておくれよ。 慣れてないからな、おっ、おっ、 お菊。 なんだい、お前さん。 喜ばせやがって。

 今晩、ここに泊まっていくよ。 旦那が焼餅焼きでね、二階に剣術の先生と 空手の先生を置いている、揃ってお湯に行ってる。 見つかると、脛、腕の一 本も折られる。 明日のお昼時、家の中で三味線を弾く。 待ってると思って、 入ってきて。 ちょいと、お待ち。 小遣い、持ってるかい。 いい紙入れを 持ってるじゃない、どこでやったの。 あら、ずいぶん入っているじゃないか。  十円札が八枚、あと細かいのが二円五十銭。 十円札だけ預かっとくよ。 そ れ、俺のだ。 亭主のものは、女房のものだろ。 沢山持って浮気でもしたら、 承知しないから。 痛え! お前に預けておくよ、じゃあな、明日。

 どこでどう過ごしたのか、明くる日。 いい女だな、菊、いい名前だ。 歳 を聞くの、忘れちゃったよ、三十でこぼこ、色は年増ってからな、三十二、三、 厚化粧してたから、三十七、八、よく聞いたら、五十五、六。 たしか、この 辺だった。 雨戸が閉まっているよ。 遅かったかね。 前の煙草屋で、ちょ っと聞いてみよう。

 いらっしゃい、何差し上げましょう。 煙草じゃなくて、前の家、お菊の家 ですよね。 あなた、ゆんべのあれを、ご存知ない。 面白いことがあったん ですよ。 ちょいと、婆さん、座布団を。 真夜中過ぎに、表の戸をドンドン 叩くから、出てみると、お菊さん。 泥棒が入ったというんですよ。 ヘイヘ イ。 これが間抜けな泥棒でね、夫婦約束をしたというんです、泥棒に入って 夫婦約束する奴なんて、いませんよね。 お菊さんが、二階に剣術の先生と空 手の先生がいると言ったら、帰って行ったそうで。 ご覧のように、前の家は 平屋ですからね。 アッ、ソウ。 奴さんが、今日の昼過ぎに来るというのを 見ようと、この辺の塀の節穴という節穴、全部、満員で。 もうすぐ、その間 抜けな奴が通りますから、見ましょうよ。

 それで、お菊はどうしました? ゆんべの内に、店の人が手伝いに来て、ご 転宅。 ご転宅? 引越しましたよ。 ひでえことをするなあ、あの女、いっ たい何者ですか? 何でも元は義太夫の師匠だったそうで。 道理で、うまく 語りやがった。

 小三治、15分ほど時間を押して始めて、けっこう長いマクラを振ったのに、 結局15分ほどの遅れで収めたのは、流石であった。