佐伯啓思さんの「西郷隆盛と明治維新」2018/12/01 07:12

 佐伯啓思さん(京都大学名誉教授)が朝日新聞に毎月連載しているコラム『異 論のススメ』の7月6日に、「自刃した「西郷どん」の精神」「日米戦争と重な る悲劇」というのがあった。 佐伯啓思さんは西郷隆盛という人を、「まずは、 明治維新という「革命」が内包する根本的な矛盾が生み出した人物であり、ま た、それを象徴する人物であったように私には思える」と言う。 その根本的 な矛盾とは、それが攘夷、すなわち日本を守るための復古的革命であったにも かかわらず、革命政府(明治政府)は、日本の西洋化をはかるほかなく、そう すればするほど、本来の攘夷の覚悟を支える「日本人の精神」が失われてゆく という矛盾である。 そして、「大事なことは、明治維新とは、封建的身分社会 に不満を抱いた下級武士の反乱というよりも、押し寄せてくる外国の脅威から 日本を守るべく強力な政府を作り出す運動から始まった、ということであり、 その中心に西郷隆盛はいた。しかも、彼は、もっとも過激な武力倒幕の指揮官 であった。」「内村鑑三がいうように、明治革命は西郷の革命であった、といっ ても過言ではない。」

 しかし、西郷隆盛という人物の真骨頂は、明治維新の立役者でありながら、 明治政府に対する大規模な反乱(西南戦争)を起こしたあげく最後は自刃する、 というその悲劇にある。 「西郷を動かしたものは、攘夷の精神を忘れたかの ように西洋化に邁進する明治政府への反発や、維新の運動に功をなしたにもか かわらず報われずに零落した武士たちの不満であった。」

 「天を敬い、他人のために働く徹底した無私の精神、利を捨てて義をとり、 義のためには命を賭して武力行使を厭わない武闘の精神、敗北を覚悟した戦い を平然と行う諦念、そして富や財産にはまったく関心をもたない質素そのもの の生活。ついでに無類の犬好き。」 こうしたいかにも「日本的な精神」こそが、 西郷びいき、「西郷ファンを生み出しているのだが、それこそ、今日、われわれ のこの平成日本からすっかり姿を消してしまったものではないだろうか。」

 「ところが現実には、現代日本は、まさしく大久保利通や伊藤博文のすすめ た西洋化、近代路線の延長線上にある。しかも、それは西郷が死ぬことで可能 となったのである。西南戦争の終結によって、明治の西洋化・近代化は本格的 に開始されたからだ。明治政府を作りだした西郷隆盛は、政府から排除され、 新時代になじめない旧士族の不満を一手に引き受けて死んでいった。」

 佐伯啓思さんの議論には、ここから福沢諭吉が登場するのだが、それはまた 明日。

敗北覚悟で抵抗して死んだ西郷と日米戦争2018/12/02 06:28

 佐伯啓思さん『異論のススメ』(7月6日)、「自刃した「西郷どん」の精神」 がどうして「日米戦争と重なる悲劇」なのかの、後半である。 福沢諭吉の『明 治十年 丁丑公論(ていちゅうこうろん)』をお読みになって書かれたのだろう。 

「明治の文明化を唱えた福沢諭吉も(その前に勝海舟)、西郷の死を惜しんで いた。明治政府に批判的だった福沢はいう。政府が好き勝手にしているのに、 世の中はすべて「文明の虚説」に欺かれて抵抗の精神が失われている。世には びこっているのは、へつらいやでたらめばかりで、誰もこれをとがめるものは ない。そうした時に、西郷は立ち上がった。それを賊軍呼ばわりするのは何事 か、というのである。」

 「明治は、本来の攘夷の精神を忘れて、西洋模倣へとなだれ込んでゆく。こ の風潮に我慢がならなかった西郷は、敗北を覚悟で戦い自刃した。福沢による と、西郷は、明治政府のありさまを見ると、徳川幕府には悪いことをした、と 後悔していたそうである。そして、西郷の死後、一見したところ、武士的な精 神、無私や自己犠牲の精神はすっかり忘れ去られ、ひたすら日本は文明開化の  近代化路線を走ることになる。」「押し寄せる西洋近代文明の流れに、敗北を覚 悟で抵抗して死んだ西郷に、つい私は、敗北覚悟の日米戦争へとゆきつく日本 の近代化の帰結を重ねたくもなってくる。」 以上が、佐伯啓思さん『異論のス スメ』(7月6日)である。 

『丁丑公論』については、2016年3月1日に、山本博文さんのちくま新書 『現代語訳 福澤諭吉 幕末・維新論集』を紹介したことがある。 この新書に は、『旧藩情』『痩我慢の説』『明治十年 丁丑公論』『士人処世論』が収録されて いる。 もう福沢の原文は読みにくいという人も多いようなので、お薦めした い。 あらためて私も、この本で『丁丑公論』を読み直してみた。 例えば、 佐伯さんが「西郷は、明治政府のありさまを見ると、徳川幕府には悪いことを した、と後悔していた」と書いたところは、山本博文さんは、こう現代語訳し ている。

 「遠方に住む薩摩人の耳に入るものは天下の悪聞のみであって、ますます不 平を持つことになる。西郷も、最近の世間の有り様では、倒幕の兵を挙げたこ とは無益の労というものであって、かえって徳川家に対して申し訳がないとし て、常に恥じる気持ちを表したという。この伝は、誤報の多いことはもとより 免れることができないけれども、すべてが事実無根のことだけを聞いたわけで はない。/これらの事情によって考えれば、彼らの不平憤懣は、すでに極度に 達していたと言うべきだろう。」

「攘夷」と外から見たゴーン事件2018/12/03 07:12

佐伯啓思さんが『異論のススメ』(7月6日)で、明治維新という「革命」が 内包する根本的な矛盾として、それが攘夷、すなわち日本を守るための復古的 革命であったにもかかわらず、革命政府(明治政府)は、日本の西洋化をはか るほかなく、そうすればするほど、本来の攘夷の覚悟を支える「日本人の精神」 が失われてゆくという矛盾である、とした。

福沢諭吉は『福翁自伝』「老余の半生」の初めの方で、当時の状況と心境を、 「維新の際に幕府の門閥制度鎖国主義が腹の底から嫌いだから佐幕の気がない。 さればとて勤王家の挙動を見れば、幕府に較べてお釣りの出るほどの鎖国攘夷、 もとよりコンナ連中に加勢しようと思いも寄らず、ただジット中立独立と説を きめていると、今度の新政府は開国に豹変した様子で立派な命令は出たけれど も、開国の名義中、鎖攘タップリ、何が何やら少しも信ずるに足らず、東西南 北何れを見ても共に語るべき人は一人もなし、ただ独りで身にかなうだけのこ とを勤めて開国一偏、西洋文明の一点張りでリキンデいる内に、政府の開国論 が次第々々に真成(ホントウ)のものになって来て、一切万事改新ならざるは なし、いわゆる文明駸々乎(しんしんこ)として進歩する世の中になったこそ 実に有難い仕合せで、実に不思議なことで、いわば私の大願も成就したような ものだから、もはや一点の不平は言われない。」と書いている。

「攘夷」という言葉で、最近気になる指摘があった。 『パリの福澤諭吉』 (中央公論新社)という本もあるパリ在住のジャーナリスト山口昌子(しょう こ)さんが、朝日のWEBRONZAに、パリで感じるゴーン事件の危うさを書い ていた。 二つの懸念がある。 一つは、日産自動車は、カルロス・ゴーン氏、 即ちルノー、即ち三色旗(フランス)という虎の尾を踏んだのではないか? フ ランスは中央集権国家なのだ。 二つ目は、日本はやっぱり「攘夷」、「外国人 嫌い」だという印象をフランス人始め外国人に与えたのではないか? 「サッ カーのハリルホジッチ監督を解任したではないか」と言い出す人もいる。 フ ランスのメディアも同様の論調だ。 代表紙「ルモンド」や経済紙「レゼコー」 も「陰謀説」を流した。 「レゼコー」はその後、「陰謀説」には疑問符を付け たが、“ブルータス・西川社長”との表現を使い、主人シーザーに目をかけられ ながら、暗殺団に加わったブルータス、つまり“裏切り者”に例えている、の だそうだ。

ゴーン氏は、ブラジル生まれ、フランスの旧植民地レバノンとフランスの二 重国籍を持つ。 理工科系の秀才学校ポリテクニック(理工科学校)卒のエリ ート、同校の上位5、6人しか入学できない最難関校MINES(高等鉱業学校) に進んだ大秀才。 卒業間近にミシュランから電話がかかり、大手ミシュラン のブラジル工場長として就職。 ミシュランは同族会社なので社長になれない と言われ、ルノーのNo.3で引き抜かれたのだそうだ。

外国人の「攘夷」という印象はどうなるのか、一般に一民間会社の問題とす る日本政府はどう動くのか、事件の推移をじっくりと見守りたい。

柳家わさびの「花色木綿」2018/12/04 07:22

 11月20日は、第605回の落語研究会、暖かい日だった。

「花色木綿」      柳家 わさび

「大安売り」      鈴々舎 馬るこ

「そば清」       柳家 喬太郎

       仲入

「片棒」        古今亭 菊之丞

「柳田格之進」     柳家 花緑

 柳家わさび、これだけ入れば沢田研二も歌う、と言う(当日券完売の貼り紙 があった)。 落語研究会は緊張する、こちらも、お客様も。 笑わせたらすご い。 技(わざ)を尽くすのだが、最近ずるい技を身につけた。 来年2019 年9月下席を以ちまして、真打に昇進することになりました。(拍手) これ が、技・その一。 正月興行は、持ち時間が3~4分、適当な小咄がない。 ド カンと来ずに、(次の)出囃子が鳴る。 言葉一つだけで、受ける、魔法の言葉 がある。 スピーチなどで、おやりになるといい。 「本年もよろしくお願い します。」 額縁さえよければ、いい。 「かあちゃん、パンツが破けたよ。ま たかい。本年もよろしくお願いします。」 これが、技・その二。 苦心をし、 血の滲むような努力で、お客様の心を取り込みたい。

 泥棒のお話で。 一両、今の8万円ぐらい、十両、80万円盗ると、首が飛ん だ。 <万年も生きよと思う亀五郎たった十両で首がスッポン> 磔にされ、 下から錆びた槍で両脇を突かれる。 <今までに盗みし金は多けれど身に着く 金は今の錆槍> 石川五右衛門は、豊臣秀吉の首を取ろうとして、京都の伏見 城に忍び込んだが、廊下がキュッキュッと鳴った。 下に画鋲が並べてあって、 縛られた鶯が沢山いる。 これは嘘です、本年もよろしくお願いします。 石 川五右衛門は、釜茹でにされたが、立派に辞世の句を詠んだ、<石川や浜の真 砂は尽きるとも世に盗人の種は尽きまじ> 収録なので、ちゃんと言えた。

 われわれの方はそんな有名人でなく、無名人が主役。 間抜けな泥棒が、貧 乏長屋に入った。 何もない、フンドシが一本、ぶら下がっている。 まず、 これを頂いて、ずらかろう。 隣のおじさん、すみません! あれ、湯から帰 って来ちゃったよ。 裏は……、行き止まりだ。 台所の縁の下に逃げ込もう。  何だ、足跡だらけだ、泥棒が入った、大変だ……、でもない、何もないからな。  フンドシがない、オヤジがいないんで、セガレの着物を持って行ったんだ、気 の利いた泥棒だ。

 大家! 泥棒! 大家! 泥棒! 何だ、俺が泥棒みたいじゃないか、やっ てないよ、出て来るな、みんな。 おタネ婆さん、しゃもじを持って、何だ。  泥棒をめしとろうと思って。 何を盗られた? 一番大事な、店賃を盗られた。  待ってやるよ。 そうなると、大家さんは用がない。 書くものを持って来た、 届けると盗まれた物が戻って来る。 どうしようかな、フンドシが一本。 も っと、重々しいものはないのか。 沢庵石が二つ。 夜具、蒲団を沢山盗られ た。 沢山? 大勢二十人団体分、割引で。 割引、寄席みたいだな。 蒲団 の表は? 大家さんのとこは? 唐草だ。 ウチも唐草。 裏は? 行き止ま り。 蒲団の裏だ。 大家さんのとこは? 花色木綿、丈夫で温ったかくて寝 冷えしない。 ウチも花色木綿、うらみっこなしだ。 着(き)類は? 杉丸 太が三本。 着る物だ。 羽二重黒紋付。 紋は? 半蔵門。 葵の紋。 菊 の紋。 殺されるよ。 三つ所紋か、五つ所紋か? 六つ所紋、お尻のところ にもある、肛門。 裏は? 花色木綿、丈夫で温ったかくて寝冷えしない。 他 には? 胡瓜が三本。 着る物だ。 薩摩上布。 縞(しま)か、絣(かすり) か? 縞にしましょうか、向島。 向島、大名か旗本どまりだ。 裏は花色木 綿。 夏物は? 蚊帳を盗られた。 寸法は? 五六か六七か。 ちょうどよい くらい、裏は花色木綿。 蚊帳に裏があるか、風が通らないだろう。 丈夫で 温ったかくて寝冷えしない。 刀。 大刀か、小刀か? ちょうどよいくらい。  道中差としておこう。 銘はあるか? 姪はいない、甥が二人。 無銘か。 鍔 (つば)は? きんつば。 裏は、花色木綿。 刀に裏があるか。 ほかに、 お金が二枚。

 縁の下の泥棒、ふざけんじゃないぞ、盗ったのはフンドシ一本きりだ、嘘つ きは泥棒の始まりだ、交番へ行こう。 妙だ、妙だ、変だ、変だと思ってたん だ。 お前さん、盗っ人じゃないか。 まさか裏が行き止まりとは、思わなか った。 じゃあ、この裏を何と心得る。 裏は、花色木綿でございます。

鈴々舎馬るこの「大安売り」2018/12/05 06:26

 空色の着物に、クリーム色の羽織。 何月になっても暑い、この体型なので。  それをあまり口にしない、噺家は季節感が大事だから。 家では、カミサンが 暖房をつけ、俺がTシャツでかき氷を食ってる。

 寄席でお婆さんの団体が入ってて、携帯が鳴ったが、止め方がわからない。  ハンドバッグの上に、のしかかっている。 いろいろな所で演るが、葬祭場で 友引寄席というのがあった。 終わって、ご近所の方から花束贈呈となったが、 司会の男性がいつも葬儀の司会をしている社員で、(出棺の時の陰気な調子で) 「これより、馬るこさんに、花束贈呈でございます。」

 馬風一門は、どんどん食えという方針で、入門から30キロ太った。 馬風 部屋、食べるだけ食べて、飲むだけ飲んで、稽古しないで、寝る。 店屋物を 取る、かつ丼の大盛、よろしいでしょうかと言うと、師匠が喜ぶ。 おかみさ んが、カロリーが高いから、親子丼の大盛にしなさい、と。 理不尽に耐えな ければならない。 おかみさんは、絶対。 韓国ドラマに洗脳されていて、見 ている時は返事もしない、なりきっている、オモニ、あーーん。 おかみさん の誕生日に、韓国語でハッピーバースデーを歌う、DVDで憶えて、♪センチュ カン ハムニダ シュール イボニ ハムニダ。 おかみさん、涙ポロポロ。  お前は落語がうまくなるよ。 あれから15年。

 噺家は、相撲と違って、陥落することがない、どんなにつまらない人でも陥 落しない。 相撲のぶつかり稽古を体験した、100mダッシュを何本もやった よう。 鼻血が出て、口から頭蓋骨が飛び出す。 <お相撲さんにはどこ見て 惚れた稽古帰りの乱れ髪> 昔は、一場所十日、江戸で十日、上方で十日、一 年を二十日で暮すいい男。

 海苔の佃煮のような真っ黒い顔の山本山、上方で、親方衆、ご贔屓のお情け で土俵に上がった。 初日、無我夢中、目から火花の出る張り手バチバチ、叩 き込まれて血まみれ。 二日目、猫だましで、後ろから回しを取ったが、一本 背負いで負けた。 三日目、巨漢が出て来て、四十五日で負けた、一突き半で 負けた。 四日目、元銀行員でガリガリに痩せた相手、引き落としで負け。 五 日目、元居酒屋に、突き出された。 六日目、幼稚園の先生、送り出された。  七日目、両手両足包帯ぐるぐるの相手、情けをかけて、骨折の足を蹴ったら、 親指で目を突かれたのが、額に当たって複雑骨折で負け。 八日目、礼儀知ら ずの相手で、スマホをピーと鳴らすから、ビール瓶で殴って、カラオケのリモ コンで殴ったら、反則負け。 とんでもないことをしたと、翌朝謝りに行った ら、親方と車で出かけて、謝れなかったら、相手の親方が辞めた。 九日目、 泣き落とし、お袋が女手一つで育ててくれて、弟が八人、北国の寒い所だった と、腰砕けで負けた。 十日目、両脇の下にくさやの干物をすり込んで立つ、 四つに組むと相手が倒れ込んで、同体。 行司の差し違えで、惜しくも負けた。

 何だ、全部負けたんじゃないか。 いいえ、向こうが勝ったり、こっちが負 けたりで。 次の場所には、名前を変えようと思う。 大安売り。 こうなっ た以上、誰にでも負けます。