柳家権太楼の「文七元結」中2019/01/05 07:15

 親方、表から入って下さい。 この形(なり)じゃあ。 私の羽織を、どう ぞ。 女将さん、長兵衛親方が参りました。 こっちへ入って、お座り。 ず いぶんご無沙汰だね、忙しそうだね。 親方、この娘(こ)を知ってるかい。  お久、どうしてここにいるんだ。 黙ってくれ、お前、ゆんべ家にいたんかい、 私は二、三日、風邪引いててね、寝ようと思ったら、この娘が来た。 小さい 時から、お前さんの仕事について来て、いい子だと思っていたら、いい娘にな った、気立がいい。 私のような者でも、お金を出して下さいますか、そして、 お父っつあんに意見をしてほしいと、涙ながらに訴えるんだよ。 お前さんに、 この娘の半分でも了見があったらね。 馬鹿は直らないのかい。 ついつい深 間にはまりこんで、にっちもさっちもいかなくなりまして、この通りです、助 けてくんねえ。 いったい、いくらいるんだい。 五十両。 持ってきな、証 文はいらないよ、だけどこの娘を預かる。 長兵衛さん、いつ返してくれるか ね。 十五日過ぎたら。 馬鹿言うんじゃないよ、本当の事をお言い。 三月、 待ってくれ。 こうしよう、半年、二両でも、三両でもいい、お前さんがきち んと働いてくれれば。 だが馬鹿な真似をしたら、私は鬼になる、この娘を店 に出すよ。 私を恨むんじゃないよ、みんなお前が悪いんだ。 それ、懐にし まって、叱言は叱言だ、一杯やるかい。 とんでもない、すぐ帰って、お久の ことをおっかあに話さなきゃあならない。 お父っつあん、おっ母さんのこと を大切にして、打ったり蹴ったりしないで。 女将さん、お久の事をよろしく お願いします。

 気が付くのが遅まきだけど、やり直そうと、長兵衛が、吾妻橋までやってく る。 欄干で手を合わせている、身投げだ。 気をそらしてやるのがいい、横 っ面を一つ張り倒す。 痛い! 怪我でもしたら、どうするんです。 お前は身 を投げようとしていたんじゃないか。 若いんだな、店者か。 どうしても死 ななきゃあならない訳があるんです。 何があった、若えの、面あげろ。 話 したところで、何がどうにもなるもんじゃないんで。 女の着物を着た、職人 風情だけれど、お飾りの下を、たくさん通ってきているんだ、若えの、何があ った、話してみろ。 私は横山町三丁目鼈甲問屋の若い者で、小梅の水戸様で 集金した五十両を持って帰る途中、枕橋のところで、風体のよくない男がぶつ かった。 すると、懐の五十両がなかった。 盗られたんだ、そりゃあ。 そ れで身を投げて、死のうと。 偉えな、と言いたいけれど、よく謝って、月々 の給金で返したらどうなんだ。 子供の時から、世話になっているご主人で。  相談する親や親類はないのか。 私は天涯孤独で、誰もいません。 じゃあ、 俺が一緒に行ってやろう、頭を下げようじゃないか。 それは申し訳ない、ど うぞ、お出でになって下さい。 誰か、来ないかな、この野郎を譲っちゃうん だけどな。 よく探してみろ、命を粗末にするな。 おう、ものは相談だが、 二十両じゃ駄目か、どうしても五十両なきゃあ駄目か。 オッ!(と、飛び込 もうとする若者を押え) 命を粗末にしちゃあ、いけねえんだ。 何とか、なら ないのか。 嘘じゃないんだろうな。 嘘で、死ねますか。 すまねえ、若い の、ここに五十両ある。 あなたに頂く義理はない。

 お前にやる道理はないんだよ、五十両の訳を聞いてくれ。 この寒空に、こ んな形(なり)なんで、盗んだと思われると、悔しいから。 俺が博打に凝っ てな、にっちもさっちも行かなくなって、十七になる娘のお久が、吉原(なか) の佐野槌に身を売った身代金なんだ。 半年経って、返せねえと、娘は客を取 らなきゃあならないんだ。 でも、お前と違って、命を取られるんじゃない。  お不動様でも、金毘羅様でもいい、娘が悪い病気を移されて瘡(かさ)を掻く ことのないよう、達者でいられるように、祈ってくれ。

 痛い! 逃げて行っちゃった。 言い訳ができないから、石ころをぶつけて …。 アッ、本当にお金だ、五十両ある。 親方、ありがとうございます。

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