柳家さん喬の「福禄寿」前半2019/02/01 07:11

 お運びで御礼を申し上げます。 唐突ですが、皆様は幸せというものを、ど のようにお思いでしょうか。 コーヒーにお砂糖、いくつ入れる? その内に、 何も言わなくても、二つ入るようになる。 寝床で、味噌汁の具を刻む音が聞 こえる。 酔っ払って、美味しいものを食べる、そんな幸せ。 「福禄寿」、福 は幸せ、禄は蓄え、寿は寿命。 お金は、あればあったでよい。 そうでない 場合もある。 幸せは、皆様方のお心の中にある。 そんなところが、この噺 のテーマでしょうか。

 深川万年町の福徳屋万右衛門は、九十六歳まで長生きし、十二人の子供がい た。 お妾に産ませた六人の子供も養子にして、同じように育て、男の子には 身代を分け、女の子はいい所に嫁に出した。 長男の禄太郎が不出来で、次男 で養子の福次郎が家を継いでいる。 毎年、暮の二十八日、福次郎が年忘れの 会を催すのだが、長男の禄太郎は顔を出せなくなっている。 都度、金を渡し て、商売をやるのだが、身代限りを繰り返しているのが、万右衛門夫婦の寂し さだ。

 おっ母様、ご隠居所の方へ。 雪が降り続いている。 福次郎のすすめで、 母親は暖かい炬燵に入り、幸せを感じる。 トントン! トントン! はい、誰、 どなた? 禄でございます、禄太郎でございます。 今、開けるから、叩くん じゃないよ。 土間に、雪が降り込んで来る。 禄かい。 汚い手拭で頬被り をして、素足に下駄を履き、汚い着物を着ている。 まあ、中へお入り、お前、 何か、この雪の中、素足に下駄で来たのかい。 ヘヘヘヘヘ、ご無沙汰をいた しております、おっ母様は達者で何より、お父様も…。 今日は、何の日か、 ご存知だろうね。 このところ、借金取に追われておりましてね、ヘヘヘヘヘ。  お前、金の工面に来たんじゃ、ないだろうね。 三百両、三百円、貸してくれ ねえかな、ヘッヘッヘ、おっ母様から福の奴に一言、話してくれないか。 馬 鹿なことをお言いでないよ、お前さん、お忘れかい、八百のことを…、福に頼 んどくれ。 借用書に、お前の名前と私の名前を書いたら、福は泣きながら、  借用書を破いて、八百円用立ててくれた。 お前は、それを半年で使い切って しまった。 お前さんは、商売が下手なのではない、ちょっと儲かると気が大 きくなって、江の島だの箱根だのに物見遊山、揃いの浴衣をこしらえて、宿屋 を借り切って、大騒ぎだ。 二度と、この敷居は跨ぎませんと言って、出て行 ったんじゃないか。 いい儲け口があるんです、仙台の土地、すぐに十倍、百 倍になる。 三百円あれば…、福に一言、お願いします。 帰ってくれ、福に 頼むことは出来ない。 こないだは福がね、疲れた顔をしていて、温泉に行っ たり、美味しい物を食べたつもりで、この箱の中に入れておきます。 それを 兄様に渡すと喜んでお帰りになる、それが療養になるのだ、と言っていたよ。  帰ってくれ。 福は、立派ですから。 茶化すことを言う、お前は私の子で、 福は私の子じゃない。 お前の金の無心、私がどんな思いでいるか、一度でも 考えたことがあるか。 帰っておくれ、帰っておくれ。 どうにもならない、 死ぬよりしかしようがない。 アッ、福が来た…。