「アメリカ人が愛した日本美術」2019/02/20 07:04

 ―リチャード・フラー(シアトル美術館)、山中定次郎の山中商会、チャール ズ・フリーア(フリーア美術館)―

 「江戸あばんぎゃるど」という90分の番組がBSプレミアムで二週連続であ り、第一回の「アメリカ人が愛した日本美術」(1月16日放送)を見た。 明 治期の維新による武士階級の瓦解や廃仏毀釈の後と、第二次世界大戦の戦中戦 後に、大量の日本美術が海外に流出した。 この番組では、江戸期の日本美術 を西洋のアバンギャルドに先駆けた、革新的で、前衛的なものだったと評価す る、見る眼があったアメリカ人コレクター達によって、日本にあれば国宝級だ った作品が多数、散逸せずに、良い状態で残されていることが紹介された。 見 たことのない作品が、たくさんあった。 アメリカにはメトロポリタン美術館 を始めとして、10万点の日本美術があるという。 木造建物の日本では、焼失 していたかもしれないものも残った。 屏風をscreen ということも知った。 (和英辞典、folding screen)

 番組は、リンダ・ホーグランドという映画監督が、そうした日本美術を求め て旅をする。 一人目のコレクターは、地質学者のリチャード・フラー、1933 (昭和8)年にシアトル美術館を設立した。 その14年前に来日したフラーは、 1934(昭和9)年に蒐集を始め、1950~60年代にも買っている。 作者不明 《烏図屏風》、90羽のカラスが金と黒だけで描かれている。 狩野重信《竹に 芥子図》の草花はリアルに描かれているのに、地面がない。 日本人が描いた 自然の、斬新さに科学者のフラーが驚く。 水墨画、尾形光琳《山水図》。

 フラー達の蒐集を助けたのは、美術商・山中定次郎の山中商会で、1894(明 治27)年ニューヨークに進出、1898(明治31)年には五番街に店を構えた。  共にメトロポリタン美術館蔵の《北野天神縁起絵巻》、尾形光琳《八橋図屏風》 も扱っている。

 二人目のコレクターは、シカゴの鉄道王・チャールズ・フリーア、俵屋宗達 を再発見した男。 ワシントンのフリーア美術館になっている。 雪村周継《雁 図屏風》を山中商会から600ドル(当時のアメリカ人の年収)で購入、狩野永 徳《葡萄棚図屏風》は750ドル。 フリーアが最も熱心にコレクションしたの が、当時の日本では西洋の絵画がどっと入ってきて、疎んじられていた俵屋宗 達だった。 俵屋宗達《松島図屏風》、波は西洋的な奥行がない、さまざまな方 向へうねる、まるで意思があるかのように。 ハーバード大学日本美術ラボの ユキオ・リピット教授は、《松島図屏風》は1627~30年に堺の商人の依頼で描 かれ、寺に寄進されていたのをニューヨークの山中とも親しい小林文七が三年 越しの交渉で入手、1906年フリーアに5000ドルで売った、と。 また、宗達 《扇面散図屏風》の、ダイナミックな構成、鋭いデザイン感覚、抽象的表現と 素材の使い方が革新的だと話す。 宗達《雲龍図屏風》、たらしこみの技法で描 かれ、立体感を出している、描き直しはできない。 宗達派《雑木林図屏風》 は、視線の設定がどこか? 上からか? 植物のディテールは超リアリズムだ が、広い余白の使い方が独特。 技術より想像力は先を行き、現代の巨大なコ ンピューターのズームイン、ズームアウトをやっているようだ。 チャールズ・ フリーアは美術を愛し、生涯独身で、遺言によって、そのコレクションは門外 不出となっている。

 山下裕二明治学院大学教授は、こうコメントした。 西洋の絵は、人間の眼 から見た自然。 日本の考え方は、人間は自然の一部であって、神の眼で見た 自然を描こうとしている、遠近法とは違う描き方。 見えているものを、その まま描くなら、絵なんか必要ない。 当の日本人が明治以来、卑屈になってき た。 西洋美術がどっと入って来て、それと付き合わなければということで、 150年来た。 日本美術は遅れたものだと思い込んでしまった。 外国のコレ クターは、自分の目で評価して買っている。 作品そのもののクオリティから いうと、安く買えたものがある。

 戦乱や戦災で京都に残っている作品は、奇跡だといい、創業120年の修復工 房4代目岡 岩太郎さんの話。 150年に1回修理をすれば、かなり良い状態で、 次に渡すことができる。 一番大切なことは、裏打ちの紙を全部取り除くこと で、難しいけれど絶対しなければならない工程、1日に20センチ四方しか進 まないこともあり、絵の好きな人が喜びをもってやらなければできない。