柳家あお馬の「恋根問」2019/04/01 07:12

 3月29日は、第609回の落語研究会だった。 少し寒い日で、国立劇場前 の駿河桜等の桜は、ほぼ満開、ライトアップされて、闇の中に白く浮んでいた。

「恋根問」     柳家 あお馬

「身投げや」    三笑亭 夢丸

「明烏」      桃月庵 白酒

      仲入

「阿武松」     桂 やまと

指物師名人長二より 「仏壇叩き」    柳家 喬太郎

 柳家あお馬、高い声で出る。 前座は「おい」とか「お前」とか「兄イちゃ ん」と呼ばれていたのが、顔と名前を憶えてもらって、何かの拍子に、「あお馬 さん」と呼ばれると、嬉しい。 寄席の前で、ある師匠が、「あお馬さーん」と 呼んでくれた。 前を歩いていた、三十代くらいの女性が、キッとなって振り 向いた。 「あ、おばさん」と、聞き間違えた。

 八っつあんが、横丁のご隠居に聞きたいことがあるという。 仲間がみんな 所帯を持っていて、生意気にカカアがいる。 あっちだけ、独りなのがわかん ない。 どうやったら、一緒になれるんだろう? 女にもてなきゃあ、しょう がないな。 どうすりゃあ、もてる? いい所があれば、もてる。 あっちに、 いい所はあるかな? ないな。

 一つでも、いい所があればな、昔から、一・見栄、二・男(おとこ)、三・金、 四・芸、五・精(せい)、六・未通(おぼこ)、七・科白(せりふ)、八・力、九・ 胆(きも)、十・評判、てなことを言うな。  何だいそれ、火傷のまじないか い。 一・見栄、というのは見栄え、いい着物、いい履物だ。 お前の着物は 皺だらけで、帯は幅広、何だ、その帯は? 死んだ婆さんの形見だよ。 足袋 も何だ、白足袋か、黒足袋か? 白足袋を何日も履いていて、こうなった。 履 物も大事だ、妙な下駄を履いているな、お前の下駄をみんなが地べたに鼻緒を 据えたようだといっているぞ。 一は駄目だ。

 二・男ってのは男っぷり、顔かたちだ。 お前は妙な顔をしている、先だっ ても、はばかりで思い出して、ゾクゾクッとした。 額が狭い、眉は三日月眉 って言うが、波打っていて、こっちかしがない。 髪結床で寝ていたら、しく じりやがったんだ。

 三・金、金があればもてる。 金で女をどうこうするのは、おかしい。 お 前のこと、みんなが、潜水艦って言ってるぞ。 何? ナミの下(した)だ。  竹さんと話したら、お前、金を持ってるそうじゃないか。 内緒ですよ。 ど のくらい持ってるんだ? それを言うと、夜中に手拭いで頬被りして、出刃包 丁持って、金を出せって、来る。 俺はそんなことはしないよ、いくら持って る? そこで婆さんが聞いてる、婆さんが井戸端でしゃべると、夜中に手拭い で頬被りして、出刃包丁持って、金を出せってのが、来る。 婆さん、湯に行 ってらっしゃい。 いくらだ? 駄目だ、猫がいる、猫は魔性のものっていう から。 おい、あっちへに行ってな。 猫もいなくなった。 お耳を拝借。 三 十銭。 いくら? 三十銭。 いくらと三十銭? 三十銭、以上。 お前、三 十銭で、婆さんを湯に行かせたり、猫を追い出したりしたのか。 三十銭ぐら い、子供だって持ってるよ。

 四・芸、唄、踊りだ。 ようやく、やってきたよ。 三代目で通っている。  植木屋の隠居が初代、豆腐屋の源さんが二代目、「宇治の蛍踊り」だ。 「宇治 の蛍踊り」って? 真っ暗な部屋で、着物を脱ぐ、長襦袢から、フンドシまで 脱ぐ。 ローソクの火を、ケツに挟んで、踊るんだ。 みんなが、♪ホーホー 蛍来い、ホーホー蛍来い、って歌うんだ。 駄目だ、そんなのは。

 五・精(せい)、まめだな。 朝、起きたら、顔をきれいに洗う。 それは、 体によくない。 寝てる時は、体が全部、寝ているんだ、顔を洗うのに冷たい 水だと、心の臓がキュッとなって、よくない。 歯は磨くか? 歯は大事だか ら磨くよ、歯磨きは大好きだ、二度っつ、磨く。 朝と晩か? 春と秋。 駄 目だ。

 六・未通(おぼこ)、うぶさ、はにかみだ。 恥ずかしいと、頬に赤味が差す ような、純情。 そのツラじゃ、駄目だ。

 七・科白(せりふ)、喧嘩を止める、まあまあまあ、と抑える。 ようやっと、 来ましたか、今、町内の喧嘩を止めて来た。 達っちゃんと、よっちゃんの喧 嘩。 四つと、五つだ。 子供は、駄目だ。

 八・力、力があると、もてる。 それは駄目だ、色男、金と力はなかりけり、 って言う。 お前が色男か、お前はチンアナゴだ、ナミの下だ。

 九・胆(きも)、度胸だ。 竹が引っ越した後、夜中になると、ガタガタ音が する、何か出るらしいって、髪結床で話してた。 お前の長屋で、そばだろう。  何か出るんなら、俺が出る。 それじゃあ、駄目だ。

十・評判、評判がいいともてる。 あっちは、どうです? 悪い。 お湯屋 の一件、古い下駄履いてきて、新しい下駄履いて帰るという噂だ。 嘘だ、真 っ赤な嘘だ。 裸足で行き、下駄履いて帰って来る、冗談言っちゃあ、いけな い。

三笑亭夢丸の「身投げや」2019/04/02 07:08

 「花形演芸大賞金賞おめでとう」と声がかかる。 プロ野球開幕の日に大勢 のお客様にご来場頂き有難いと、感激しながら、楽屋で野球を見ています。 お 客様は、景気がよいと、寄席にいらっしゃらない。 30年前のバブル期は、暇 でね。 景気が悪いと、寄席でも行ってみようかということになる。 ご来場、 ありがとうございます。

 昔も、不景気があった。 八、下を向いて、何やってんだ? 百円入った財 布が、落ちてないかと思ってね。 伊勢屋の隠居が落としたってんだ。 いつ だ? 八年前の春、……誰か、拾っちゃったかな。 そんなことしてないで、 働いたらどうだ、稼ぐに追いつく貧乏無し、と言う。 俺についてる貧乏は足 が速いんだ、じっとしていよう、すると、貧乏が去っていく方法が見つかるか もしれない。 俺ん所で、働かないか。 兄ィの所は畳屋さん。 日に、三円 出そう。 ありがてえ、五日働いたら、三、五……産後の肥立ち……三、五、 十二です。 情けないな。 三、五、八円だよ、九九は便利だな。 やっぱり、 財布を探して歩くよ。

 身投げやを、やってみないか。 人通りの多い、両国や吾妻じゃなくて、狙 い目は、余り人通りのない永代だ。 欄干から南無阿弥陀仏と、飛び込もうと する。 止めた人が、なぜ身投げするんだと聞くから、方々に借金があって返 せない、死んでおわびしようかと思って、と言うんだ。 どれくらいあったら 死なずにすむか、と聞くから、相手の身なりを見て、これぐらいは出しそうだ というギリギリのあたりを言う。 十円なら十円、二十円なら二十円。 金を もらったら、泣くんだ、踊るようにして、ご恩は死んでも忘れません、と泣く んだ。

 さっそく、やってみようと、永代の橋にやって来る。 誰もいない。 来た よ、洋服を着たのが…。 アワワワワ、警察官は、いけない。 来たよ、南無 阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。 待ちなさい、お若いようじゃありませんか、なん で身投げするんですか、オヤオヤオヤ、馬鹿な真似を、泣かないで、いったい いくらあったら、死なずにすむんで?  眼鏡の縁は鼈甲、歯は金歯、着物は いい、日本橋越後屋総本店、紐は池之端の道明、兵児帯は総絞りの手絞り、金 時計は無垢、ずた袋じゃなくて信玄袋は表が黒で裏が朱、馬鹿に高そうだ。 い い杖じゃなくてステッキ、素敵だ、先は瀬戸物じゃなくて、象牙。 いい下駄 だ、柾目が十二本、一本十銭で、一円二十銭はする。 長らく、お待たせしま した、査定終り。 百円!

 差し上げますよ、百円位。 持ち合わせがないんで、半分の五十円は今、差 し上げますが、半分は自分で働いて。 いいえ、持ち合わせがないなら、残り は郵送で…。 明日昼ヒマだから、家の方まで取りに来てもいい、市電門前仲 町の木村医院。 紙と鉛筆ありますか、借用書を書いて下さい、金五十円、右 確かに借用しました、深川区門前仲町二の六の十四……、署名捺印もして。 百 円持ってりゃあ、面倒じゃなかったのに、往復の電車賃、昼は鰻重の松もお願 いします。 ごめんなさい、忘れてた、泣くのを。 どうもありがとうござい ました、ヴァーーッ、ヴァーーッ! ご恩は、死んでも忘れません、どうぞお 帰り下さい。

 どんどん、稼ごう。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。 痛い! 殴ってきた よ。 何で死ぬ、女じゃないな、金だな、借金、いくらだ? 汚い着物だ、た かだか一円かな。 二円。 二円ぽっちか。 かみさんも二円いるんで、四円。  四円ごときか。 十円。 十円、袂糞(たもとくそ)だ。 本当はいくらなん だ、どっかで止めろ。 (懐に手を入れて、)馬鹿野郎、財布が出て行ってない や、お前にやる、黒飴だ。 さっきまで、俺が舐めてた。 馬鹿!

 二人で来た、親父と子供だ。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。 ここまで来 ないな、オーーイ、身投げだよ。 なんだい、橋の上でしゃがんじゃあ、しょ うがない。 お父っつあん、座るの、今日はどこにお泊りするの? 因業大家 に追い出された、目も不自由でどうしようもない、倅や、わしはおっ母さんの ソバへ行く。 お前は勉強して、何とか生きてってくれ。 あたいも死ぬんだ、 一緒に行くよ。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。 ちょっと待て、子供を連れ て行くことはないだろう、五十円やる。 五十円の借用書がある、これもやる。  黒飴もやる、この子にやるんだ、持ってけ。

 あのおじさん、駆け出して、角を曲がって行っちゃったよ。 畳屋の旦那に 言われて、試しにやってみたようなものだけれど、儲かるもんだね。

桃月庵白酒の「明烏」前半2019/04/03 07:13

 白酒は、白い着物に、黒の羽織。 異性の目が気になる、最近は女性の前座 さんが増えて来て、着替えるのに、二、三日目の下着は、きれいなのにしてく る。 大学の時、着るものに気をつかってみようかと、裏ハラの小洒落たショ ップ、民家風のお店へ入ると、民家だったりする。 同期の甚語楼さんと、コ ロッとしたのが二人、嫌がらせかと思われる。 フレンドリーというより失礼 で、何探してんの、これ来てるよ、と、ダメージTシャツ、住んでいた家賃と 同じ位の値段だった。 翌日、着て行ったら、後輩が、事故りました?

 流行の発信地、吉原、廓、裏浅草。 男は一度足を踏み入れて、お土産をも らった。 瘡(かさ)を掻く、英語でスピロヘータ。 倅はまた本を読んでい るのかい、困ったものだ。 頭が痛くなったって、散歩に出ましたけれど、な かなか戻りませんね。 ほっときな。 もう帰って来た、時次郎か。 只今、 戻りました。 笠森様の御祭礼でして、酒の代わりにお強(こわ)とお煮しめ を頂きました。 お子さんたちと、食べ比べをして、みなさん五杯なのに七杯 まで頑張りまして。 蝶々を追いかけて行って、道がわからなくなり、山田さ んの坊っちゃんに送って頂いて、帰って参りました。 婆さん、山田さんの坊 っちゃんは、いくつだい? 今年、八つかと。 時次郎は十九だよ、ちょっと 困るんだ、堅い、堅過ぎる。 世の中、表もあれば、裏もある、お父っつあん に万一の時があったら、お前がこの店をやっていかなければならない、外のこ とを知らないんでは、商売の切っ先が鈍る。 たまには外に出なけりゃあいけ ない。 町内の源兵衛さんと太助さんが、浅草に流行るお稲荷さんがあるから 行かないかと言ってましたが、行ってもよろしゅうございますか。 観音様の 裏手だな、あそこは日本一のお稲荷さんだ、お父っつあんも若い時には日参し たものだ。 心も、身体も、動かされる所だよ。 お籠りをすると言ってまし たが、貞吉に掻い巻きでも持たせますか。 そんなものは、みんな揃っている。  ナリが悪いと、ご利益が薄いから、着替えて行きなさい、派手なのがちょうど よい。 婆さん、お賽銭もたっぷり持たせて。 源兵衛さんと太助さんなら、 お参り馴れしているから、万事任せて。 途中で中継ぎといって、お清めのお 酒のようなことをする、お前もお猪口に一杯ぐらいは飲めるだろう、あとは飲 んだふりをして杯洗に空ければいい。 お勘定はお前がはばかりに行くついで に一手に払うんだ。 割り前ということに。 そんなことをしたら、あの二人 は町内の札付きの悪るだ、何を言われるかわからない。

 信心ということにして、連れてってくれと頼まれたんだが、親も大変だな。  ずっと子供でいたい。 子供が生まれてきても、お父っつあん、お父っつあん って、呼ぼう。 その内に、自覚ができる。 坊っちゃん! 坊っちゃん! 走 ってんのか、あれで。 こっちから、行こう。 ナリが悪いと、ご利益が薄い ってんで、着替えて来ました。 お二人は、ご利益はよろしいんでしょうか。  それなりに。 途中で中継ぎということをするそうで、私もお猪口に一杯ぐら いは飲めますが、あとは飲んだふりをして杯洗に空けるようにします。 下戸 は下戸で、食い物がある。 お勘定は、私がはばかりに行くついでに一手に払 いますから。 割り前にすると、お二人は町内の札付きの悪るだから、何を言 われるかわからないそうで。 お父っつあんに言われた通り、言ってるな。 町 内の札付きの悪るだって、面と向かって言われたのは、初めてだ。 堂々と言 われると、誉め言葉のように聞こえる。

 (雑踏で若旦那、人にぶつかりそうになりながら)申し訳ありません。 恐 れ入ります。 皆様、お籠りの方々ですか? 中には、お参りだけの人もいる。  柳の木があるだろう、あれが有名な………、御神木だ。 はぐれたら、あの下 で待っているように。 門があるだろう、あれは………、大鳥居だ。 大鳥居、 朱色じゃないんですね。 掃除をしないから、黒くなった。 三味線、太鼓が 聞こえますが? お稲荷さんを、お慰めしているんだ。 どこ行くの。 はば かりへ。 行ってらっしゃい。  驚いたね、まだ気が付かないんだ。 俺は先に行くから、お前、お巫女さん の家とか言って、連れて来い。

 おい、女将いるかい。 伺っております。 その田所町の堅物、引っ張り出 してきた。 あら、あら。 年が十九、お稲荷さんのお籠りということにして、 ここはお巫女の家、女将さんはお巫女頭。 嫌ですよ。

 田所町三丁目日向屋半兵衛の倅、時次郎と申します、今晩は三名でお籠りに 上がりました。 お巫女頭でございます。 お前たち、なに笑ってんの。  坊 っちゃん、きれいな方で、お稲荷さんも大喜びでございましょう。 みんな笑 わないで、私まで可笑しくなるじゃないの、早く、送っちゃいましょう。

桃月庵白酒の「明烏」後半2019/04/04 07:13

 文金赤熊(しゃぐま)、立兵庫なんてえ結髪(あたま)をして、櫛笄を挿し、 仕懸けを着て、左で張肘をして、右で褄を取って、分厚い草履で、バターン、 バターンと、気怠そうに廊下を歩く。 これを見れば、お稲荷さんじゃないぐ゜ らいの見当は、誰にでもつく。 (大声で)源兵衛さーーん!! ここは、お 稲荷さんじゃありませんね、あれは何です? 弁天様も、いるんだ。 本で読 んだ、ここは吉原じゃないですか。 気が付いたのかい、遅いくらいだ。 私、 帰らせて頂きます。 親も、私が吉原にいるなんて、夢にも思っていない。 そ の旦那が承知だ、旦那に頼まれたんだ。 親父はああだけれど、親類中、堅い んです、何て言われるか。

 太助、笑ってないで、何とか言ってくれよ。 帰りたいなら、帰せばいいじ ゃないか。 俺にまかせろ。 さっきあったのは、御神木じゃなくて見返り柳、 大鳥居じゃなくて大門で、あの門の横に髭を生やした怖いおじさんが三人、帳 面をつけていたのを、見なかったかい。 あそこで止められて、縛られるのが、 吉原の法だよ。 三人で来て、一人で帰れば、大門で止められる。 知らなか ったよ。 源兵衛、俺の目を見てみろ。 充血してる。 つねるなよ、つねる なーーてば、アーーッ、止められる、止められる。 こないだ、元禄時分から。  嘘、つかないで。 本に載っていなかったかい、止められると、五年十年出て 来られない。 ガーーッ! 号泣だぞ。 坊っちゃん、泣かないで、お送りし ますけど、この家も縁起商売だ、一杯やってから、お送りしますよ。

 座敷が変わる。 二人の敵娼(あいかた)は、すぐ決まる。 浦里という絶 世の美人、年は十九、そういうやさしい若旦那なら、私が出ましょう、と。 台 のものが繰り込んで、飲めや唄えとなるのだが…。 どうにもしまらないのが 若旦那、床の間を背にベソをかいている。 いいよ、いいよ、通夜だよ、そこ まで初心(うぶ)か。 おばさんが、任せて下さい、お部屋へ(と引っ張って 行く)。 汚らわしい。 毎日、風呂に入ってます、いい加減にして。 いい歳 をして。 この国の行く末が心配で。 私は若旦那の行く末が心配で。 昔、 二宮金次郎は、瘡掻いて大変、薪を売って歩いた。 おばさんは、ニコヤカだ が、力が強い。 若旦那をずるずる引きずって、花魁の部屋へ。

 カラスカアで、夜が明けた。 振られた奴が起こし番、俺のは、はばかりに 行ったきり、帰って来なかったんで、これ読んでた、二宮金次郎の本。 偉い ね二宮金次郎、一晩読んだよ、珍談だ。 ゆんべの堅物、納まったかね。 夜 中に男の悲鳴が、三度聞こえたけれど。 若旦那、開けますよ。 次の間付の 本部屋だ。 どこ、開けてんだ。 甘納豆があった。 屏風が、立て回してあ るよ。 蒲団の中に、潜り込んじゃったよ。

 お早うございます。 坊っちゃん、どうでした? 大変結構なお籠りで。 本 には、載っちゃあいないでしょ? 書を捨てて、街へ出ようでございます。 花 魁、坊っちゃんを起こしてくれ。 花魁は口では起きろといいますが、床の中 で私の足をグッとからめて、放してくれない、苦しい。 おい、お前、甘納豆 食ってる場合じゃないぞ。 いってえ夕べの号泣騒ぎは何なんだ。 怒るか、 甘納豆食うか、どっちかにしろ。 じゃあ、坊っちゃん、あなたは暇なからだ だ、ゆっくり遊んでいらっしゃい。 あっしら急ぐんで、ひと足先に帰ります。  あなたがた、帰れるもんなら帰ってごらんなさい、大門で縛られます。

桂やまとの「阿武松」2019/04/05 07:24

 3月4月は忙しい、PTA会長になって3年目、卒業式で小学生に祝辞を述べ る。 夢は必ずかなえられるんだ、ということを伝える。 強く思っていない と、かなわない。 私も、映画に出たい、映画に出たい、あわよくばセリフが 言いたい、という夢を持っていた。 今年の1月、とある映画プロデューサー に、いま映画撮っているんだけど出る、って言われた。 ちょうどよかった、 テーマがPTAだという。 でも、エキストラだった。 2月初旬、大泉学園駅 から20分ほどの東映のスタジオで、パーティー・シーン。 エキストラが20 人ほど、4、5人にはセリフがある。 一人一人、役(動き)を付けてもらう。  3分のシーンの撮影に、4時間かかる。 無駄でしょ。 エキストラも、シー ンの都度、動く。 エキストラだけど、ここだけセリフを言ってもらいたい、 と監督に言われ、夢がかなった。 『子どもたちをよろしく』という映画で、 セリフ言ってます、聞きたい方は拍手して下さい。 小雨のような拍手で…、  「デリバリーヘルス!」これです。 俺は喬太郎かって、よぎった。

 三月本場所、貴景勝関が大関をつかんだ。 江戸の頃、相撲は大変な人気で、 寺社を直すのに興行をした。 年に二度、十日間ずつが本場所。 今は引退す ると年寄の株を手に入れて親方になるが、昔は力士が部屋をもって、後進の指 導をしていた。 親方は、金も、酒も、女も土俵の下に埋まっている、と教え た。

 京橋の親方、武隈文左衛門の所に、能登から名主の添書を持って入門に来た。  ここへきて、身体を見せろ、裸になれ。 弟子にして、尾車という名をもらっ た。 だが、台所のコメの減りが甚だしい。 尾車は大飯食らいで、大釜に炊 いたおこげを7、8個握りにして、むしゃむしゃ食うのが前菜で、あんまり食 うから、暇を出したほうがいいよ、とおかみさん。 ハイ、と親方。 落語界 と同じ。 無芸大食、暇を出す、ここに一分という金がある、名主様への手紙 だ。 これはお世話になりました。

 板橋から、戸田川の渡しにかかる。 情けねえ、国には帰れねえ、身投げを しよう。 一分ある、今晩泊まって、腹いっぱい食ってから、明日死のう。 旅 籠の立花屋善兵衛に入り、一分の金がある、これで腹はいっぱい、飯を食わせ てくれ、と言う。 お膳の前に、どっかり座って、お鉢を三度代えた。 まだ、 継続中。 おかずは、二品か三品。 主がやって来る、板橋は農業が盛んで、 大層美味しいでしょうね。 いっぱい食えば、食うだけ命が縮まる。 何か訳 がありそうだ、話をしてくれないか。 だば、お話します、京橋の武隈親方の ところで、飯を食い過ぎると帰された。 そうかい、それは可哀そうだ。 若 いんだから飯も食うだろう、体も相撲に向いてる気がする。 錣(しころ)山 親方に頼んでやるから。 仕送りをしてやる、日に三升、十日で三斗、月々五 斗俵二俵ずつ。 根津七軒町の錣山喜平次親方のところだ。 有難うごぜいや す。 これからが美味い、もう一杯。

 カラスカア。 顔洗って、もう食べてる。 いい天気だ、巣鴨庚申塚から根 津七軒町へ。 親方、板橋の旦那がいらっしゃいました。 親方に頼みがある、 弟子を一人採ってもらいたい。 旦那は、十日の相撲を十二日観る相撲好きだ、 前の日の小屋組みから、翌日の取り壊しまでご覧になる。

 能登の長吉、五代目横綱小野川喜三郎に次いで、後に六代目横綱となる阿武 松緑之助が、敷居の所に座っている。 一目でわかる、いいね、いいよ、ああ、 好きだ。 兄さん、年は? 二十五。 酒は飲むか? 飲まない、銭があった ら、マンマ食う。 女は? 一生、貞操守りたい、銭があったら、マンマ食う。  実は武隈関のところで、飯を食い過ぎると帰されたんで、私が月々五斗俵二俵 ずつ仕送りする。 錣山は辞退して、うちじゃあ、いくらでも食え。 四股名 は小緑はどうだ、親方の出世名だ。

 文化12年12月序の口に張り出され、文化13年2月六十何枚上がって、序 二段、文政5年入幕を果たし小緑改め小柳、武隈文左衛門との割が組まれた。  「おのれ、おまんまのかたき」「まんまならない世の中、こめったこめった」 毛 利の殿様のお抱え力士となり、長州萩の松原から阿武松緑之助を名乗って、第 六代横綱となる出世噺でございます。