三笑亭夢丸の「身投げや」2019/04/02 07:08

 「花形演芸大賞金賞おめでとう」と声がかかる。 プロ野球開幕の日に大勢 のお客様にご来場頂き有難いと、感激しながら、楽屋で野球を見ています。 お 客様は、景気がよいと、寄席にいらっしゃらない。 30年前のバブル期は、暇 でね。 景気が悪いと、寄席でも行ってみようかということになる。 ご来場、 ありがとうございます。

 昔も、不景気があった。 八、下を向いて、何やってんだ? 百円入った財 布が、落ちてないかと思ってね。 伊勢屋の隠居が落としたってんだ。 いつ だ? 八年前の春、……誰か、拾っちゃったかな。 そんなことしてないで、 働いたらどうだ、稼ぐに追いつく貧乏無し、と言う。 俺についてる貧乏は足 が速いんだ、じっとしていよう、すると、貧乏が去っていく方法が見つかるか もしれない。 俺ん所で、働かないか。 兄ィの所は畳屋さん。 日に、三円 出そう。 ありがてえ、五日働いたら、三、五……産後の肥立ち……三、五、 十二です。 情けないな。 三、五、八円だよ、九九は便利だな。 やっぱり、 財布を探して歩くよ。

 身投げやを、やってみないか。 人通りの多い、両国や吾妻じゃなくて、狙 い目は、余り人通りのない永代だ。 欄干から南無阿弥陀仏と、飛び込もうと する。 止めた人が、なぜ身投げするんだと聞くから、方々に借金があって返 せない、死んでおわびしようかと思って、と言うんだ。 どれくらいあったら 死なずにすむか、と聞くから、相手の身なりを見て、これぐらいは出しそうだ というギリギリのあたりを言う。 十円なら十円、二十円なら二十円。 金を もらったら、泣くんだ、踊るようにして、ご恩は死んでも忘れません、と泣く んだ。

 さっそく、やってみようと、永代の橋にやって来る。 誰もいない。 来た よ、洋服を着たのが…。 アワワワワ、警察官は、いけない。 来たよ、南無 阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。 待ちなさい、お若いようじゃありませんか、なん で身投げするんですか、オヤオヤオヤ、馬鹿な真似を、泣かないで、いったい いくらあったら、死なずにすむんで?  眼鏡の縁は鼈甲、歯は金歯、着物は いい、日本橋越後屋総本店、紐は池之端の道明、兵児帯は総絞りの手絞り、金 時計は無垢、ずた袋じゃなくて信玄袋は表が黒で裏が朱、馬鹿に高そうだ。 い い杖じゃなくてステッキ、素敵だ、先は瀬戸物じゃなくて、象牙。 いい下駄 だ、柾目が十二本、一本十銭で、一円二十銭はする。 長らく、お待たせしま した、査定終り。 百円!

 差し上げますよ、百円位。 持ち合わせがないんで、半分の五十円は今、差 し上げますが、半分は自分で働いて。 いいえ、持ち合わせがないなら、残り は郵送で…。 明日昼ヒマだから、家の方まで取りに来てもいい、市電門前仲 町の木村医院。 紙と鉛筆ありますか、借用書を書いて下さい、金五十円、右 確かに借用しました、深川区門前仲町二の六の十四……、署名捺印もして。 百 円持ってりゃあ、面倒じゃなかったのに、往復の電車賃、昼は鰻重の松もお願 いします。 ごめんなさい、忘れてた、泣くのを。 どうもありがとうござい ました、ヴァーーッ、ヴァーーッ! ご恩は、死んでも忘れません、どうぞお 帰り下さい。

 どんどん、稼ごう。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。 痛い! 殴ってきた よ。 何で死ぬ、女じゃないな、金だな、借金、いくらだ? 汚い着物だ、た かだか一円かな。 二円。 二円ぽっちか。 かみさんも二円いるんで、四円。  四円ごときか。 十円。 十円、袂糞(たもとくそ)だ。 本当はいくらなん だ、どっかで止めろ。 (懐に手を入れて、)馬鹿野郎、財布が出て行ってない や、お前にやる、黒飴だ。 さっきまで、俺が舐めてた。 馬鹿!

 二人で来た、親父と子供だ。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。 ここまで来 ないな、オーーイ、身投げだよ。 なんだい、橋の上でしゃがんじゃあ、しょ うがない。 お父っつあん、座るの、今日はどこにお泊りするの? 因業大家 に追い出された、目も不自由でどうしようもない、倅や、わしはおっ母さんの ソバへ行く。 お前は勉強して、何とか生きてってくれ。 あたいも死ぬんだ、 一緒に行くよ。 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。 ちょっと待て、子供を連れ て行くことはないだろう、五十円やる。 五十円の借用書がある、これもやる。  黒飴もやる、この子にやるんだ、持ってけ。

 あのおじさん、駆け出して、角を曲がって行っちゃったよ。 畳屋の旦那に 言われて、試しにやってみたようなものだけれど、儲かるもんだね。