桃月庵白酒の「明烏」後半2019/04/04 07:13

 文金赤熊(しゃぐま)、立兵庫なんてえ結髪(あたま)をして、櫛笄を挿し、 仕懸けを着て、左で張肘をして、右で褄を取って、分厚い草履で、バターン、 バターンと、気怠そうに廊下を歩く。 これを見れば、お稲荷さんじゃないぐ゜ らいの見当は、誰にでもつく。 (大声で)源兵衛さーーん!! ここは、お 稲荷さんじゃありませんね、あれは何です? 弁天様も、いるんだ。 本で読 んだ、ここは吉原じゃないですか。 気が付いたのかい、遅いくらいだ。 私、 帰らせて頂きます。 親も、私が吉原にいるなんて、夢にも思っていない。 そ の旦那が承知だ、旦那に頼まれたんだ。 親父はああだけれど、親類中、堅い んです、何て言われるか。

 太助、笑ってないで、何とか言ってくれよ。 帰りたいなら、帰せばいいじ ゃないか。 俺にまかせろ。 さっきあったのは、御神木じゃなくて見返り柳、 大鳥居じゃなくて大門で、あの門の横に髭を生やした怖いおじさんが三人、帳 面をつけていたのを、見なかったかい。 あそこで止められて、縛られるのが、 吉原の法だよ。 三人で来て、一人で帰れば、大門で止められる。 知らなか ったよ。 源兵衛、俺の目を見てみろ。 充血してる。 つねるなよ、つねる なーーてば、アーーッ、止められる、止められる。 こないだ、元禄時分から。  嘘、つかないで。 本に載っていなかったかい、止められると、五年十年出て 来られない。 ガーーッ! 号泣だぞ。 坊っちゃん、泣かないで、お送りし ますけど、この家も縁起商売だ、一杯やってから、お送りしますよ。

 座敷が変わる。 二人の敵娼(あいかた)は、すぐ決まる。 浦里という絶 世の美人、年は十九、そういうやさしい若旦那なら、私が出ましょう、と。 台 のものが繰り込んで、飲めや唄えとなるのだが…。 どうにもしまらないのが 若旦那、床の間を背にベソをかいている。 いいよ、いいよ、通夜だよ、そこ まで初心(うぶ)か。 おばさんが、任せて下さい、お部屋へ(と引っ張って 行く)。 汚らわしい。 毎日、風呂に入ってます、いい加減にして。 いい歳 をして。 この国の行く末が心配で。 私は若旦那の行く末が心配で。 昔、 二宮金次郎は、瘡掻いて大変、薪を売って歩いた。 おばさんは、ニコヤカだ が、力が強い。 若旦那をずるずる引きずって、花魁の部屋へ。

 カラスカアで、夜が明けた。 振られた奴が起こし番、俺のは、はばかりに 行ったきり、帰って来なかったんで、これ読んでた、二宮金次郎の本。 偉い ね二宮金次郎、一晩読んだよ、珍談だ。 ゆんべの堅物、納まったかね。 夜 中に男の悲鳴が、三度聞こえたけれど。 若旦那、開けますよ。 次の間付の 本部屋だ。 どこ、開けてんだ。 甘納豆があった。 屏風が、立て回してあ るよ。 蒲団の中に、潜り込んじゃったよ。

 お早うございます。 坊っちゃん、どうでした? 大変結構なお籠りで。 本 には、載っちゃあいないでしょ? 書を捨てて、街へ出ようでございます。 花 魁、坊っちゃんを起こしてくれ。 花魁は口では起きろといいますが、床の中 で私の足をグッとからめて、放してくれない、苦しい。 おい、お前、甘納豆 食ってる場合じゃないぞ。 いってえ夕べの号泣騒ぎは何なんだ。 怒るか、 甘納豆食うか、どっちかにしろ。 じゃあ、坊っちゃん、あなたは暇なからだ だ、ゆっくり遊んでいらっしゃい。 あっしら急ぐんで、ひと足先に帰ります。  あなたがた、帰れるもんなら帰ってごらんなさい、大門で縛られます。