小泉信三さんが皇太子殿下と読んだ本2019/04/19 07:21

 小泉信三さんは、皇太子殿下への御進講で、具体的にどんなことをしたのか。  小川原正道さんの『小泉信三―天皇の師として、自由主義者として』(中公新書) で、みてみたい。 「声でつづる昭和人物史―小泉信三」の第一回で保阪正康 さんは、この本について、小泉信三の四つの顏を描いたと紹介した。 (1) 学者(2)自由主義者(3)慶應義塾長(4)東宮職参与。 小川原さんの本だ とそれぞれ、第2章・論壇の若き経済学者、第5章・オールド・リベラリスト の闘い、第3章・戦時下、慶應義塾長の苦悩―国家・戦争の支持、そして、こ こで取り上げる第4章・皇太子教育の全権委任者―「新しい皇室」像の構築で ある。 以下は、本のとおり「小泉」で書く。

 まず「御進講覚書」。 皇太子に「今日の日本と日本の皇室の御位置及其責任」 をお考え願いたい、戦争に敗れたものの民心は皇室を離れなかった理由の大半 は「陛下の御君徳による」とし、将来の君主である皇太子に対し、「人格その識 見」は自ら国の政治に影響し、勉強と修養は日本の明日の国運を左右するもの だと話した。 この「陛下の御君徳」「人格その識見」こそ、小泉が敗戦後主張 した「道徳的背骨(モラル・バックボーン)」であり、それを身につけるために、 「勉強と修養」に努めることだ、と。

 具体的に、一緒に読んだ本は、サー・ハロルド・ニコルソン『ジョオジ五世 伝』(1952年)を原書で、福沢諭吉『帝室論』、幸田露伴『運命』、志賀直哉『城 の崎にて』、井上靖『蒼き狼』、川端康成『古都』。

 『ジョオジ五世伝』を進講した理由について、小泉は、王の「誠実と信念」 の一貫が英国民に安定感を与えた、この点を皇太子も学んで良いものがあると 思う、立憲君主は道徳的警告者たる役目を果たすことができ、そのためには君 主が無私聡明、道徳的に信用ある人格として尊信を受ける人でなければならぬ、 としている。 そのもっとも新しく詳細な事例研究として、『ジョオジ五世伝』 が選ばれた。 ジョージ五世の個性と、それを支えた家庭教師ジョン・ニール・ ダルトンと秘書官であったスタムフォダム卿の関係が描かれており、おそらく 小泉は皇太子と自己とをそれに投影し、ゆえにこれを皇太子とともに熱心に読 んでいったと思われる。 『ジョオジ五世伝』で、同王がしきりにメリイ皇后 の内助の功に感謝し、機会あるごとに、私の妻の傍らにあって助けられた、と いうことを述べたという点も、皇太子に影響を与えたかもしれないと小泉は記 していて、この話を美智子さまに伝えている。

 福沢諭吉『帝室論』。 小泉は『帝室論』を解説して、皇室は政治の外に仰ぐ べきものであり、そうしてこそはじめて尊厳は永遠のものとなる、日本で政治 について語り、政治に関する者は、皇室の尊厳を乱用してはならない、それが 論旨であるとした。 また皇室の任務については、日本民心融和の中心となる ことであり、勧懲賞罰、学問技芸の奨励などを担うべきであるとした。 小泉 は、立憲君主は道徳的警告者の役割を果たすことができると考えており、純粋 な「象徴天皇」以上のものを、イギリスをモデルとして天皇に求めたのである、 皇太子教育はそうした態度からも支えられていた、と小川原さんは書いている。

 『運命』その他、皇太子への小説の効用。 皇太子は人と交わる機会が少な く、また牧野伸顕元内大臣が老化しなかったのは文学を好んだからであるから、 小説を読む必要があるとし、その旨、皇太子に進言して容れられ、ともに小説 を読むことになった。