さくら銀行〔昔、書いた福沢53〕2019/04/26 07:10

       さくら銀行<等々力短信 第598号 1992.4.15.>

 「さくら銀行」というのは、大胆なネーミングだ。 古い三井の番頭さん (もう、そんな人はいないかな)の心境はどんなだろう。 桜の木の下には、 三野村利左衛門、中上川彦次郎、益田孝なんて人達が、埋まっていたわけだ。

 「トマト銀行」の誕生が導火線になったのだろうが、この際、銀行は堅苦し さを脱して、みんなこの路線にしたらどうだろう。 第一キョン銀、いや第一 勧銀は「ハート」、三菱は「ダイヤ」、三和は「みどり」、住友は「えべす」 大和は「かねる」、東海は「日吉丸」、拓銀は「北斗」、東京は「バンク」、 協和埼玉は「おいも」。 各行ともサービスマークの登録を準備中だろう。  「おいも」を忘れないように望む。

 平俗なネーミングですぐ思い浮かぶのは、福沢諭吉だ。 なにごとも簡易平 明なのがよいという性格の人だったから、命名も単純平俗を好んだ。 たとえ ば学者先生の家に男の子が生まれ、あらかじめその才徳を表して「英明非凡太 郎」と命名した。 この子が後になって「暗愚凡々たる豚犬(とんけん)」だ ったら、はなはだ不都合だろう。 罪もなき赤子に、妙な名前をつけるな、と いっている。(明治11年「姓名之事」) そして自分の子供たちにも、男は 一太郎、捨次郎、三八、大四郎、女は、さん、ふさ、しゆん、タキ、みつ、と 平凡で、字画の少ない、庶民的な名前を付けている。

 福沢は官尊民卑、官権偏重の風潮を攻撃して、言葉の面からも民主化を提案 した。 政府が、物を売る時は「払い下げ」、買う時は「買い上げ」という。 この「上」「下」の文字は何だ、官は天辺に位して、人民は地下にあるという 意味だろう、こんな表現は撤廃しろと主張している。(明治22年「国会準備 の実手段第八」) 「大臣」という名称はやめて、「番頭」にしろ(明治24 年「党名一新」)、「書記官」の「官」の字はやめて単に「書記」にするか、 「支配人」「手代」にしろ(明治23年「尚商立国論」)ともいっている。 

 政党の名前が、いかめしいために、政治を偏重したり、党派の間柄が殺風景に なったりする。 党名は(離合集散のくされ縁によるもので)必ずしもその党 の主義主張と一致するものでなく、単にその党派の記号なのだから「自由党」 や「改進党」をやめて『「め組」「ろ組」にても苦しからず、あるいは一歩風 流を追うて、「桜花党」「梅花党」などもまた妙ならんか』(「党名一新」) ともいった。

 百年後「桜花党」が、ようやく民間で、花開いた。