古今亭文菊の「三方一両損」前半2019/05/02 07:17

 文菊は紫色の羽織、ブルーグレーの着物、気取って二段に腰を落として、出 て来た、頭はきれいにツルツルにしている。 三代続かないと、江戸っ子とは 言わないという。 自分も江戸っ子と言わない、自由が丘で三代続いているけ れど。 嫌味に聞こえたら、ごめんなさい。 「江戸っ子は五月の鯉の吹き流 し口先ばかりはらわたは無し」。 江戸っ子の塩辛は、作りにくい。 「江戸っ 子は宵越しの銭を持たない」とも言う。 留公、とんでもねえ奴だ、銭貯めて いるそうだ。 だから仕事がまずいんだ、張り倒せ。 そんな江戸っ子同士だ と、騒動が大きくなる。

 柳原でセーフ(財布)を拾っちゃった。 三両の金と印形と書付が入ってい て、書付に神田小柳町大工吉五郎とあったので、届けに行く。 煙草屋で、客 と思ってんじゃない、ものを訊ききたい、大工吉五郎ってのは、どこにトグロ を巻いてるんだい。 吉っつあんなら、その先で子供が石蹴りをしている路地 を入った突き当り、骨障子に丸に吉と書いてあるから、すぐわかる。 煙草屋 だけに、煙(けむ)にまいてやったよ、あんちくしょう。

 小汚ねえ長屋に住んでるな、欄間から煙(けむ)が出てる、何か焼いてやが んな、障子に穴開けて覗いてやれ。 間抜けなツラだな、鰯の塩焼きで一杯や ろうってんだ、江戸っ子だったら、もっとさっぱりしたものにしろ、しみった れた真似すんねえ。 何をぶつぶつ言ってるんだ、用があるなら、開けて入れ。  開けずに入れるのは、風か、すかしっ屁ぐれえのもんだ。

 (障子に手をかけ)勝負! 誰だ、お前は。 白壁町、左官の金太郎だ。 金 太郎だ? 赤くねえじゃねえか。 まだ、茹(う)でねえ。 これ、お前んだ ろう、柳原で拾って、届けに来てやった、受け取れ。 お節介えな野郎だ、セ ーフ(財布)落して、さっぱりして、いい心持で一杯やろうとしていたのに。  受け取りゃあ、今日中に遣い切らなきゃあならねえ、持ってけ、くれてやる。  中を見せてもらった、三両の金と印形と書付が入っていた。 印形と書付は、 もらっとこう、銭はいらねえ、持ってけ。 いらねえ。 やさしく言っている 内に持ってけ、持って行かねえと、張り倒す。 拾った財布を届けに来てやっ て、張り倒されるなんて、聞いたことがねえ、殴れるもんなら、殴ってみろ。  ボ、ボン! お前、本当にやったな。 ボンボンボンボン! 何を、ボンボン ボンボン!

 大家さん、大変だ、隣の吉公の所が、また喧嘩だ。 私は、ここの家守(や もり)です。 壁に張り付くのか。 家主だよ。 吉公め、とんでもねえ野郎 だ。 落した財布を届けてもらったら、シャケの一本も下げて、お礼に行くの が道理だろう、それを殴るなんて、とんでもねえ奴だ。 何を言いやがんでえ、 この糞っ垂れ大家、この長屋には三十六軒いるが、月々のものを晦日にきちっ と納めているのは俺ぐれえのもんだろう、それを海苔の一枚も持ってお礼に来 たか。 糞だって余所の長屋へ行って垂れてやってるぞ、この糞っ垂れ大家。  汚ねえ啖呵だな。 お前さん、この白髪頭に免じて、今日のところはおさめて いただきたい、この馬鹿を連れて行って、土間に頭をこすりつけるようにして 謝らせるから。